No.a1f1104

作成 1997.10

イスラエル共和国の発展史

 

 


●1947年
 国連のパレスチナ分割決議案

●1948年5月14日
 イギリスの委任統治終了。同日イスラエル独立宣言。
      5月15日
 アラブ6カ国(エジプト・シリア・トランスヨルダン・レバノン・イラク)の軍隊がイスラエルに侵攻。第一次中東戦争開始。

●1949年1月〜7月
 イスラエル、イラク以外のアラブ諸国と休戦協定締結(イスラエル側の勝利)。
      5月14日
 イスラエル、国連の正式加盟国となる。

●1948〜51年
 ヨーロッパ及びアラブ諸国からの大量のユダヤ移民がやって来る(独立以降1951年までに68万4000人)。

●1956年
 カフム・カシム村でパレスチナ人虐殺事件起こる。
 第二次中東戦争勃発(スエズ危機/スエズ戦争)。

●1961年
 独立以来のユダヤ移民の累積数が100万人を超える。

●1962年
 アルゼンチンで捕まったアドルフ・アイヒマン、ホロコーストの責任を問われ死刑(イスラエル唯一の死刑判決)。

●1964年
 PLO(パレスチナ解放機構)創設。

●1967年
 第三次中東戦争勃発(6日戦争)。イスラエル側の圧倒的勝利。占領地への「入植」活動を開始。国連安保理、イスラエルに対し即時撤退を勧告。

●1968年
 パレスチナゲリラ、イスラエル機をハイジャック。OPEC結成。

●1970年
 ヨルダン内戦勃発。PLO、本拠をレバノンに移す。

●1973年
 第四次中東戦争勃発(ヨム・キプール戦争)。アラブ諸国は石油ショックののち、中東和平交渉にもちこみ、アラブの威信を回復した。

●1974年
 国連、総会でパレスチナ人の民族的自決権承認。
 アラブ首脳会議と国連総会、PLOがパレスチナ人の代表であることを承認。アラファトPLO議長、国連総会で演説。

●1975年
 イスラエル、ECの准加盟国となる。
 スエズ運河、8年ぶりに再開。

●1977年
 イスラエル、右派のリクード政権が成立し、30年間にわたる労働党支配が終わる。

●1978年
 イスラエル、レバノンに侵攻。
 エジプトのサダト大統領、聖地エルサレムを訪問。
 アメリカのキャンプ・デービッドでエジプトとイスラエルの間で和平の基本的合意成立。
 アラブ諸国、エジプトと断交。

●1979年
 エジプト、単独でイスラエルとの平和条約に調印。

●1980年
 イスラエル、エジプトと国交樹立。

●1981年
 エジプトのサダト大統領暗殺される。
 イスラエル、ゴラン高原の併合を宣言。イスラエル軍、イラクの原子炉を空爆。

●1982年
 イスラエル、シナイ半島から撤退。
 イスラエル、レバノン南部を占領。パレスチナ難民虐殺事件発生。PLO、ベイルートから撤退し本部をチュニスに移す。

●1984年
 イスラエル、リクードと労働党の連立内閣成立。

●1987年
 イスラエル占領地の西岸地区とガザ地区でインティファーダ(反イスラエル闘争)が始まる。

●1988年
 ヨルダン、ヨルダン川西岸とガザ地区の統治権を放棄。

●1989年
 ソ連からイスラエルへの大量移民始まる。

●1991年
 湾岸戦争勃発。アメリカの制止により、イスラエル軍参戦せず。

●1992年
 イスラエル、中国・インド両国と国交樹立。労働党政権成立。

●1993年
 イスラエルとPLO、和平条約調印。ガザとエリコのパレスチナ自治区が容認。

●1994年
 ガザおよびエリコ地区でパレスチナ人による自治が始まる。
 イスラエル、ローマ教皇庁と国交を樹立。イスラエルとヨルダン、平和条約に調印。
 イスラエルのイツハク・ラビンとシモン・ペレス、PLOのアラファト、ノーベル平和賞を受賞。
 ユダヤ人過激派によるヘブロン虐殺事件発生。

●1995年
 パレスチナ自治拡大協定調印。
 和平推進のラビン首相、極右ユダヤ青年に暗殺される。和平プロセス停滞。

●1996年
 イスラエルに対するイスラム原理主義者のテロ激化。
 イスラエル、「怒りの葡萄」作戦発動(「ヒズボラ」のイスラエル北部へのテロに反撃)。
 イスラエル、総選挙によりリクード政権が成立。ネタニヤフ、イスラエル首相に就任。

●1997年
 イスラエル軍、ヘブロンに再展開。
 イスラエル、東エルサレムに新たな入植を開始。

 

 


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