No.a4fha205

作成 1998.1

 

当時のアラブ知識人たちによる
ハザール報告

 

 

■■アラブの歴史学者アル・マスディによる報告


●「アラブのヘロドトス」として知られ、『金鉱と貴石の草地』の著者である歴史学者アル・マスディは、945年頃のハザール王国の様子について、次のように書いている。

「ハザール軍では7000人が王とともに進軍した。胸あて、ヘルメット、鎖かたびらの上着をつけた射手も一緒だった。イスラム教徒と似たような装備と武器を持った槍騎兵もいた。……その一帯で正規の常備軍を持っているのはハザールの王だけだった。」

 

■■アラブの地理学者イブン・ハウカルによる報告


●アラブの地理学者であり歴史学者でもあるイブン・ハウカル。彼も多くの旅をし、977年頃『東洋の地誌』を書いた。ハザール王国について、次のように書いている。

「ハザール王はいつも皇帝の血をひく家系の人間であった。重大なことでもなければ誰も彼に近づくことは許されなかった。彼に会う時は、人々はひれ伏し、地面に顔をすりつけ、近寄って話をする許しが出るまでそうしていた。ハザール王が……死ぬと、その墓の近くを通る者は誰でも徒歩になり、墓に敬意を表し、離れる時も墓が視野に入っている間は馬に乗ってはいけなかった。この君主の権威は非常に絶対的で、彼の命令には盲目的に服従するようになっていたので、貴族の誰かが死んだほうが好都合だという時には、ハザール王が『行って自殺せよ』と言えば、その人はただちに家へ戻って言葉どおり自殺するだろう。」

「ハザール王の位は次のようにして一つの家系に受け継がれていく。新しいハザール王がその位を継ぐ時、彼は1ディレム(小銭)も持ってはいないが、彼の尊厳は確立されている。ある信じるに足る人から聞いた話であるが、ある若者が公共市場の小さな店で取るに足らない品を売っていた。人々は『今のハザール王が亡くなったらこの人が玉座に上るだろう』と言っていた。しかし、この青年はイスラム教徒だった。そしてハザール王の位は、ユダヤ人のみに与えられるのだ。ハザール王は黄金の玉座と館を持っている。これは他の人には許されていない。ハザール王の宮殿は他のどの建物より立派である。」

「ハザール王は、彼に仕える12万の兵を持っていた。1人が死ぬとただちに他の誰かが選ばれてその位置につくのだった。」


●ハザール王国の土地の肥えた一帯では、牧場や耕地が60マイルから70マイルもとぎれることなく続いていて、広大なブドウ園もあったという。イブン・ハウカルは次のように言っている。

「ハザール王国にサマルダンという町があるが、そこにはたくさんの果樹園や菜園があり、ダルバンドからセリフレに至るまで全ての町が菜園や農園で埋め尽くされている。全部で4万もあるということで、その多くはブドウを産する」

 

■■アラブの学者イブン・ナムディによる報告


●世界的な出版目録である『フィリスト』(987年)の著者イブン・ナムディは、彼の時代にハザール人がヘブライ語のアルファベットを使っていたと述べている。

これは2つの目的に役立った。一つはヘブライ語で学問的な講演をするために(西欧世界で中世ラテン語が使われたように)、もう一つはハザール王国で使われていた色々な言語を書き記すアルファベットとして(西欧世界で様々な方言を書くためにラテン語アルファベットが使われたように)である。

 

■■アラブの旅行家イブン・ファドランによる報告


●10世紀、バグダッドのカリフ、アル・ムクタディルは、ブルガール王からの招待に応じ、外交使節団をはるばるブルガール人の国へ派遣した。外交使節団は921年にバクダッドを出発して、ペルシアとブハラを通り、ボルガ川地方へと旅した。翌922年にブルガール人の国(ブルガール宮廷)に到着した。

この外交使節団の一員だったアラブの旅行家イブン・ファドランは、この時の旅の様子を『手記(リサラ)』に書き記したが、この中にハザール王国に関する記述(ブルガール王の話)がある。


●ブルガール王はハザール王国を恐れていた。実際、恐れるだけの理由があった。イブン・ファドランは次のように述べている。

「ブルガール王の息子は人質としてハザール王に取られていた。ハザール王はブルガール王に美しい娘がいると報告を受けた。王は彼女に求婚する使いを出した。ブルガール王は口実をもうけて結婚に同意しなかった。ハザール人は別の使者をよこし、王はユダヤ人で娘はイスラム教徒であるにもかかわらず、力ずくで彼女を連れていった。しかし、彼女は王の宮廷で死んだ。

ハザール人は再び使者を送り、ブルガール王のもう1人の娘を求めた。しかし使者が到着したその時、ブルガール王は急いで娘を臣民であるアスキルの大公と結婚させた。ハザール人が姉娘の時のように力ずくで連れていくのを恐れたからである。ブルガール王がカリフと通信を始め、ハザール王を恐れているので砦を築いてほしいと頼んだただ一つの理由がこれである」


●さらにブルガール王はイブン・ファドランに、ハザール王国について語った。その内容は次のようなものであった。

「称号をカガンというハザールの王について言えば、彼は4ヶ月に一度しか人前に姿を現わさない。人々は彼を『大カガン』と呼ぶ。彼の副官は『カガン・ベク』と呼ばれる。ベクは軍隊を指揮し、補給し、国家の問題を処理し、人前に出て戦いを指揮する。近隣の諸王は彼の命令に服する。彼は毎日、カガンの御前に伺候する。その時には尊敬と謙譲を表すため裸足で、手には木の棒を持つ。おじぎをし、棒に火をつけ、燃えつきると王の右側の玉座にすわる。ベクに次ぐ地位にいるのは『ターンドル・カガン』と呼ばれ、その次は『ジャウシグル・カガン』と呼ばれる。」

「慣わしとして大カガンは人々とつきあわず、話しもせず、今述べた人々以外に会うことも許さない。人を逮捕したり、放免したり、罰を与え、国を治める力は彼の副官カガン・ベクのものである。大カガンが死ぬと、彼のために大きな建物が造られる。中には20の部屋があって、どの部屋にも墓が掘られる。石を砕いて粉にし、樹脂で覆われた床の上にまく。建物の下には川が流れており、この川は大きくて流れも速い。人々は川の水が墓の上を流れるようにする。こうすれば悪魔も、人も、虫も、はいまわる生物も彼に触れられないからである。彼が埋葬されると、埋めた人々は首を切られる。どの部屋が彼の墓なのか誰にもわからないようにするのだ。墓は『天国』と呼ばれ、人々は『大カガンは天国へ行った』と言う。すべての部屋には金糸を織りこんだ絹の錦が敷きつめられている。」

「ハザールの王は25人の妻を持つ習慣である。妻はみなハザールに同盟する王の娘である。娘達は同意の上か、力ずくでか連れて来られた。彼は60人の側室も持っているが、いずれも大変な美人である。」

 

 

 


▲このページのTOPへ





 HOMEに戻るINDEXに戻る

Copyright (C) THE HEXAGON. All Rights Reserved.