No.a4fha302

作成 1998.1

 

スファラディム社会の指導者と
ハザール王の間で交わされた手紙

 

 

●929年、ウマイヤ王朝のカリフ、アブドル・ラフマーン3世は、支配下のイベリア半島(スペイン)の中南部にあるムーア人の領地を統一することに成功し、西カリフ国(後ウマイヤ朝)を建設した。

アブドル・ラフマーン3世の治下で、その首都コルドバはイスラム世界一流の大都市となり、人口も50万といわれ、西ヨーロッパ最大の都市となった。その図書館には40万巻の本が目録にのっていたという。


●アシュケナジーム(白人系ユダヤ人)がまだ登場していない紀元1世紀前後、古代ローマ帝国でユダヤ独立戦争があり、大敗を喫したオリジナル・ユダヤ人(オリエンタル・ユダヤ人)たちは、パレスチナから徹底的に追放された。この迫害により離散したユダヤ人のうち、多くの者がカリフが支配するイベリア半島(スペイン)に移住した。

 


離散ユダヤ人の状況 (紀元100〜300年)

 

●このイベリア半島に移住したオリエンタル(アジア・アフリカ系)ユダヤ人(セム系民族)の子孫を「スファラディム」という。

彼らは中世において世界のユダヤ人の約半数を占め、ラディノ語を話しアラブ・イスラム文化とも同化し最も活動的であった。ちなみに、スファラディとは、「スペイン」という意味である。これは中世ヨーロッパ時代のユダヤ人たちの多くがイベリア半島(スペイン)にいたことに由来している。スペインのユダヤ人たちはイスラム支配下において自治権を獲得し、宗教の自由も得て、様々な特権も与えられ、繁栄した。スペインの首都コルドバは、1492年まで、スファラディムが世界で一番多くいた都市だった。

 


イベリア半島のユダヤ人 (1000〜1497年)

 

●このスペインの黄金時代のユダヤ人の中で、最も傑出した人物はハスダイ・イブン・シャプルトだった。

ハスダイは915年に、コルドバのユダヤ人の名家に生まれ、開業医として成功し、このことで最初にカリフの注意を引いた。アブドル・ラフマーン3世はハスダイを宮廷医師に任命し、やがて国家財政の整備、ついで外務大臣と出世していく。

ハスダイは、スペイン・ユダヤ人(スファラディム)社会の指導者でもあり、国事の間に時間を見つけては、医学書をアラビア語に翻訳し、バクダッドの学識あるラビ(ユダヤ教指導者)と文通し、ヘブライの文法学者や詩人を保護した。また、外交上の交際を通じて、世界各地に散らばっているユダヤ人コミュニティーについて情報を集め、できる限り彼らのために交渉をした。

 


ハスダイ・イブン・シャプルト (左の人物)

 

●ある日、ハスダイは、ペルシアから来た貿易商人から信じられない話を聞いた。それは、黒海沿岸に独立した「ユダヤ王国」があるという話だった。ハスダイはその話を疑ったが、後に彼はビザンチン帝国からコルドバへ来た外交使節のメンバーに尋ねたところ、彼らは貿易商人の話を肯定し、ハザール王国についての多くの細かい事実と現在の王がヨセフであることを教えた。そこでハスダイは、ハザール王国のヨセフ王に宛てた手紙を持たせて外交使節を送ることにした。

その手紙には、ハザール王国についての質問リスト(約30項目)があった。ハスダイは、ハザール王国のユダヤ人は、もしかしたらスペインのユダヤ人のように、離散したイスラエル12支族の1つであるかもしれないと考えた。そのため、質問の中には「ハザール王国のヨセフ王はイスラエル12支族のどの支族に属しているのか?」という質問が含まれていた。


●手紙は難儀してやっとのことでハザール王国のヨセフ王のもとに届いた。そしてしばらくした後、ハザール王国のヨセフ王からハスダイに返事の手紙が届いた(954年)。

手紙の中には、650年に成立したハザール王国は、もともとはトルコ系の国であったこと、宗教的混乱があったのでブラン王の時代にユダヤ教を受容したこと、ブラン王の孫(オバデア)が王になった時代に国がユダヤ教に改宗したこと、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)やミドラシュ(ユダヤ教学校)はあるが、住民にキリスト教徒やイスラム教徒もいること、などが記されていた。


●手紙の中でヨセフ王は、ハザール王国が国際関係の中で大いなる役割を演じていることを強調した。ルス人(後のロシア人)の脅威からメソポタミアのイスラム社会を守っている、と。

「全能なる力の助けを借りて、私はボルガ河口を守っている。そして、船に乗ってやってくるルス人(後のロシア人)がアラブ人の国を侵略するのを許さない。……私はルス人を相手に苦しい戦いをしてきた。なぜならば私が許せば、ルス人はイシュマエルの地やバクダッドに至るまで、イスラム教徒の国を隅々まで略奪することになろう。」


●そして、ハスダイが最も関心を寄せていたハザール人の血統に関しては、次のような返事であった。

「私たちの父祖の家系図には、トガルマには10人の息子がいたと記されている。彼らの子孫の名は次の通りである。ウイグル、ドゥルス、アバール、フン、バシリイ、タルニアフ、ハザール、ザゴラ、ブルガール、サビル。私たちは7番目のハザールの子孫である……」

つまり、先祖はセムではなく、ノアの3番目の息子ヤペテ、もっと正確にいうとヤペテの子「ゴメルの息子」で、全てのトルコ人種族の先祖トガルマであるという。


●ハスダイがハザール王国の存在を耳にして以来、ずっと気になっていたのは、ハザール王国が、果たして正統なイスラエルの血を引くユダヤの王国なのかどうかという点であったが、ハザール王と直接手紙をやりとりすることで、結局、ハザール王国はイスラエル12支族とは無関係な非正統ユダヤ国家(非ユダヤ人の国)だということが判明したわけだ。

 

 

 


▲このページのTOPへ





 HOMEに戻るINDEXに戻る

Copyright (C) THE HEXAGON. All Rights Reserved.