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作成 2003.1

 

「ナチス製UFO」の謎

 

~ナチス・ドイツは空飛ぶ円盤を開発していた?~

 

第1章
ナチス・ドイツの
革新的な航空機開発計画
第2章
「UFO」は「軍事用語」である
第3章
ナチスの「UFO」に関する様々な情報
~「その1」から「その7」まで~
第4章
「UFO問題」とアメリカの関係
第5章
「UFO=アメリカの軍事兵器」説

追加1
「UAV(無人航空機)」の紹介
追加2
関連記事(リンク集)
追加3
関連動画(リンク集)
追加4
ディスカバリーチャンネルで放送された
「ナチスのUFO開発計画」について
追加5
「空飛ぶ円盤」の模型情報
~ナチス製円盤「ハウニブ」のキット化~

↑読みたい「章」をクリックすればスライド移動します

 


 

■■第1章:ナチス・ドイツの革新的な航空機開発計画


●「都市伝説」の1つとしてよく話題になるナチス・ドイツのUFO開発の話は、どこまでが本当なのだろうか? 全てがウソなのだろうか? それとも少しは真実を含んでいるのだろうか?

真相は謎に包まれているが、第二次大戦中、ナチス・ドイツでは変わった形の航空機が多数開発されており、単に翼の形が円盤の形をしている航空機や、尾翼のない無尾翼機ならば、公式に存在していたことが確認されている。


●例えば、ナチス・ドイツではザック「AS-6」と呼ばれる円形翼のプロペラ機(レシプロエンジン機)が試作されていた。

 


↑第二次世界大戦末期の1944年、ドイツ占領下のプラハで試作された円形翼機「AS-6」

その特異な形状から「空飛ぶビール・コースター」と呼ばれていたという。しかし
 飛行テストに一度も成功しないまま、連合軍の空襲で破壊されてしまった。

 

●またホルテン「Ho229」と呼ばれる尾翼のない無尾翼ジェット機(全翼機)も開発中だった。

 


↑第二次世界大戦末期の1944年、空軍士官ホルテン兄弟によって
設計・開発された無尾翼ジェット機(全翼機)「Ho229」

ナチス・ドイツの敗戦で実戦には間に合わなかったが、現在の
アメリカ空軍のステルス「B-2爆撃機」の先駆といえる



ホルテン「Ho229」(1/32スケールモデル)

航空機の胴体と尾翼を無くした全翼機は機体重量、空気抵抗の軽減
により高速での作戦行動が可能で、当時としては非常に先進的な機体だった。
また塗料には炭素粉を使用するなど、世界初のレーダーステルス機でもあった。
ドイツの敗戦により試作段階で終わったが、一番完成度が高かった「Ho229」
の試作3号機はアメリカ軍に接収され、アメリカ国内で徹底的な調査を受けた。
(現在は「アメリカ国立航空宇宙博物館」の倉庫に保管されているという)。



↑ナチスが開発しようとしていた世界初の
超音速ジェット爆撃機であるホルテン「H.XVIII」

6つのジェット・エンジンをつけたこの大型の全翼機は
マッハ0.75で飛行し、8000ポンドの爆弾を積み込んで
アメリカとソ連を爆撃する予定であった。1945年4月に
製作が開始されたが、完成前に戦争が終わってしまった。
まさにナチス・ドイツ版の「B-2爆撃機」である。

 

●さらにナチス・ドイツには「空飛ぶ円盤」ならぬ「空飛ぶ三角形」とも呼べる革新的な「デルタ翼機」も存在した。

「リピッシュ社」の創立者、アレクサンダー・リピッシュ博士が開発していた航空機で、デルタ翼(三角翼)の効果を試すために作られた実験機「DM1」は、大戦末期に滑空テストが行われ、好評価を得ていた。

続いて実験2号機の「DM2」の設計が進められたが、敗戦で打ち切られてしまったという。

 


アレクサンダー・リピッシュ博士が開発していた革新的な航空機(デルタ翼機)

コックピットは分厚い垂直尾翼の先端に設けられていた。この機体は、
戦後、アメリカの「デルタ翼機」の開発に大きな影響を与えた。



(左)デルタ翼機「DM1」(右)アレクサンダー・リピッシュ博士

 

●このリピッシュ博士は、世界初のロケット戦闘機「Me163 コメート」の産みの親でもある。

このロケット戦闘機は、液体燃料ロケットを動力とし、時速960キロの高速と、大口径30ミリ機関砲の一撃で敵爆撃機を撃墜できた。

驚くべきはその上昇力であり、連合軍の高々度爆撃機が侵入してくる高度1万mまでたった3分ちょっとで到達できたのである。(当時のドイツ空軍の主力戦闘機「Fw190」では、この高度まで上昇するのに15分以上もかかった)。

 


(左)世界初のロケット戦闘機「Me163 コメート」(右)1/32スケールモデル

機体は印象的な無尾翼機だが、燃料を少しでも多く積むために引き込み式の主脚は
採用されず、離陸時は飛行と同時に機体から切り離す投下車輪を用い、着陸時は機体
下面に収納された金属製のスキッド(ソリ)を引き出してランディングを行った。
しかし操縦は非常に困難で、着陸に失敗して爆発炎上するものも多く出た。



ロケットエンジン特有の煙の尾をひきながらペーネミュンデ
 基地上空を驚異的な速さでテスト飛行する「Me163」

 

●その他にナチス・ドイツには、常識外れのフォルムを持つVTOL(垂直離着陸)機の開発計画もあった。

「ハインケル社」が設計した「ヴェスぺ」「ラーチェ」(レルヒェ)と呼ばれる2種類のVTOL機は、それぞれ強力な30ミリ機関砲2門を装備し、連合軍の大型爆撃機に対する迎撃を主任務としていた。

 


(左)VTOL(垂直離着陸)機 ハインケル「ヴェスぺ」(右)1/72スケールモデル

この機体は全長6.2mのVTOL機で、胴体中央に6翅プロペラのダクテッドファンを配置、
ファン周囲の円環を逆ガル型の主翼と垂直安定板で支えるような形式が採られていた。尾部に装着
した尾輪付きの尾翼はY字型に配置され、着陸時の降着装置も兼ねていた。エンジンはハインケル製
S21ターボプロップ(2000馬力)を搭載し、エンジンの排気を利用してさらに高速が出せる
とされていた。ちなみにヴェスペ(Wespe)はドイツ語で「スズメバチ」の意味である。



(左)上と同じ時期に設計されたハインケル「ラーチェ」(右)1/33スケールモデル(紙模型)

この機体は「ヴェスぺ」の姉妹機で、パイロットは「ヴェスぺ」と同様に機首先端部に伏臥位(腹ばい)
の姿勢で搭乗する仕様だった。機体のサイズは「ヴェスぺ」よりひと回り大きい全長9.4mで、胴体中央に
レシプロエンジン(2000馬力)を向かい合わせに2基配置し、前後のエンジン出力により速度を調整する
という方式が採られていた。また各々のエンジンに装着された3翅プロペラ2基を互いに反対方向に回転させ、
ジャイロ効果で安定性を高めていた。この機体は「ハインケル社」の高名なジークフリート・ギュンターの
グループが手がけたもので、「軽戦闘機」「重戦闘機」「地上襲撃機」と3タイプの機体を製作する
予定だったという。ちなみにラーチェ(Lerche)はドイツ語で「ヒバリ」の意味である。

 

●これらのVTOL機は、狭い空き地などを利用して垂直に離陸し、空中で水平飛行に移り敵機を迎撃するという異色の飛行コンセプトだった。森の中や谷あいなど、離着陸の場所を選ぶことなく飛び出せる神出鬼没の迎撃機で、重要拠点防衛のための待ち伏せ攻撃も可能だった。

また、作戦行動に従事しない時は、回転翼を外して大型トラックや牽引台車にのせて簡単に移動可能で、敵に発射場を悟られないという意味では、大戦末期のドイツの国情に合った“一発逆転兵器”であった。

 


(左)「ヴェスぺ」と「ラーチェ」の比較図 (右)離陸から着陸までの飛行イメージ図

このVTOL(垂直離着陸)機は、地上では「テールシッター」と呼ばれる尾部を下にして
垂直に立った状態で駐機し、離陸時はエンジンのパワーで垂直に上昇し、水平飛行に移行する。
帰還時は姿勢を制御して、尾翼から垂直に着陸するという構想だった。しかし、着陸の際は
後方視界がほとんどないため、地面までの距離が分かりにくいという欠点があった。

 

●この「ハインケル社」のVTOL機はペーパープランで終わってしまったが、ライバルだった「フォッケウルフ社」も似たようなコンセプトのVTOL機を研究しており、「トリープフリューゲル」と呼ばれる機体の設計を行っていた。

この機体の名前は「回転式駆動翼」という意味で、胴体を軸として回転する3枚の主翼の先端にラムジェット・エンジンを装着し、ラムジェットの力で主翼にプロペラの役目をさせてしまおうという大胆な発想で設計されていた。しかし、この機体も計画だけで実機は製作されずに終了している。

 


(左)フォッケウルフ「トリープフリューゲル」(右)1/48スケールモデル

この機体は全長9.15mのVTOL機で、胴体側にエンジンを配置しないことによって
トルクリアクション対策が不要という独創的な方式を採用していた。パイロットは機首先端の
コックピットに搭乗(着座)し、コックピットの左右には20ミリ機関砲と30ミリ機関砲が各々
2門ずつ装備されていた。降着装置は尾翼端と胴体尾端にそれぞれ開閉式の成型カバーが付いた車輪が
装着された5点式だった。燃料は回転翼が回ることによって生じる遠心力により、回転翼内を通って
翼の先端まで供給される仕組みだった(燃料は石油不足のため粉末石炭を予定していた)。計画
では一定の速度に達すると水平飛行に移行するが、その場合にどのような方法で揚力を維持
する仕組みだったか不明であり、ラムジェット・エンジンも実用化には程遠かった。

 

●また、「フォッケウルフ社」が計画していたVTOL機には、下のような円盤型も存在していた。

 

円盤型の機体の中央部には大きな穴が開いていて、そこに巨大な
プロペラが2基あり、各々逆方向に反転することにより回転トルクを相殺。
浮揚後は、機体下面のルーバーで姿勢制御しながら機体後方に設置された2基の
ジェットノズルからのアフターバーナーにより前進力を得る設計になっていた。
※ 右端の画像は戦後(1950年代中頃)にハインリヒ・フォッケ博士が
ブレーメン工場で製作した1/10スケールの風洞モデルである。

 

●当時、これらの異様な形をした航空機(試作機)が、間違って「UFO」(未確認飛行物体)と認識された可能性がある。まだジェット・エンジンやロケット・エンジンが一般社会に普及していなかった時代である。ものすごい速度で飛ぶ革新的な航空機を目撃して、度肝を抜かれた人は多くいたであろう。

 


(左)世界初の実用ジェット戦闘機「Me262 シュヴァルベ」(右)1/48スケールモデル

愛称のシュヴァルベ(Schwalbe)はドイツ語で「ツバメ」の意味である。
この機体は時速800キロ以上のスピードとその上昇能力によって、当時のどんな
 航空機より遥かに優れていた(連合国側の主力戦闘機より150キロ以上も速かった)。

 

●ちなみに、上で紹介したアレクサンダー・リピッシュ博士は、戦後(1947年)に「ペーパークリップ作戦」で渡米し、米海軍の研究機関に加わった。その後、1950年に米海軍を離れ、「コリンズ社」の航空研究部門に就職、そこで「エアロダイン」と名付けた奇妙な飛行体を提案した。

「エアロダイン」は大きな樽のような胴体に尾翼を付けただけの全く主翼を持たない形態で、ダクト内のプロペラの気流を下に向けて垂直に離着陸し、胴体に働く揚力で水平飛行する飛行体であった。

 


(左)「エアロダイン」のモデルの前に立つリピッシュ博士(1958年)

「エアロダイン」は尾翼のみ付いた樽型の異様なスタイルながら、
リピッシュ博士は、これこそが在来型の航空機に置き換わる
将来の航空機と考えていた。しかし計画のみに終わる。



(左)デルタ翼機「DM1」の小型模型を手にするリピッシュ博士
(右)彼が設計したアメリカ空軍初となるデルタ翼ジェット機「XF-92」

※ リピッシュ博士が大戦中に開発していたデルタ翼機「DM1」は、
戦後、アメリカへ輸送されて「風洞実験」などによる徹底的な
調査を受けたが、「全米航空諮問委員会(NACA)」
は「デルタ翼」が基本的に高速の航空機に適した
形態であることを確認したという。

 

 


 

■■第2章:「UFO」は「軍事用語」である


●ところで、「UFO」に対して皆さんはどのようなイメージを抱いているだろうか? ある種のロマンを感じているだろうか? 地球外文明の乗り物だと思っているだろうか?

それとも、UFOには全く興味がないし、UFOなんて幼稚な人間が考える「空想の産物」だと思っているだろうか?

その他、いろいろな意見があると思うが、いずれにせよ日本ではUFOに対して否定的な見解を持つ人が圧倒的に多いような気がする。


頭のいい人ほどUFOを否定するのであろうか……?

この件に関して、興味深い統計がある。

これはIQ(知能指数)148以上の人だけが加盟できる「メンサ・インターナショナル」(世界天才クラブ)のフランス支部が実施したUFOに関するアンケートの結果だが、それによると、

◆UFOの実在を信じる……………93%
◆UFOの現象を調査したい………76%
◆UFOを目撃した…………………40%
◆UFOに招かれたら乗りたい……46%
◆UFOは地球外文明のもの………52%

となっている。

天才と呼ばれる人々の約90%UFOの実在を信じているのである。


●また、アメリカの科学雑誌『インダストリアル・リサーチ&ディベロップメント』が1200人の科学者・技術者を対象に、UFOについてアンケート調査を行ったが、

なんと61%もの人たちがUFOの存在の可能性を認めていることが判明したのである。


●このように、欧米ではインテリ層ほどUFOの存在を認める傾向があるようなのだ。

(断言はできないが、日本では逆の結果になると思う……)。



●ちなみに、「UFO」の正式名称は「Unidentified Flying Object」で「未確認飛行物体」という意味である。

これはアメリカ軍の公式な「軍事用語」で、1952年にエドワード・ルッペルト大尉が作った造語である。

※ ルッペルト大尉は、アメリカ空軍の公式UFO調査機関である「プロジェクト・ブルーブック」の主任を務めたことで広く知られている(彼はミスター・フライング・ソーサーと呼ばれていた)。

 


エドワード・ルッペルト大尉

アメリカ空軍の公式UFO調査機関である
「プロジェクト・ブルーブック」の主任を務め、
ミスター・フライング・ソーサーと呼ばれていた



アメリカ空軍の公式UFO調査機関
「プロジェクト・ブルーブック」のメンバーたち

 

●この公式UFO調査機関は、1948年から1969年まで活動したが、最初は「プロジェクト・サイン」(1948年1月~)と呼ばれ、「グラッジ」(1949年2月~)、「ブルーブック」(1952年3月~)と、調査方針が変わるたびに名称も変わった。

「ブルーブック」は、1万2618件の目撃報告を調べ、そのうちの701件「UFO」=「未確認飛行物体」と判定した。

 

↑アメリカ空軍の「公式UFO調査機関」である
「プロジェクト・ブルーブック」は、1万2618件の目撃報告を調べ、
そのうちの701件を「UFO」と判定した。(現在、このUFO調査機関の
 資料はワシントンの「国立公文書館」で一般人でも閲覧できる)。

 

●本来「UFO」という言葉には「正体が未確認」という意味しかなく、「宇宙人の乗り物(エイリアン・クラフト)」などという意味はない。

正体が分からない飛行物体は全て「UFO」なのである。


●1980年代にアメリカでUFO目撃情報が相次ぎ、この目撃情報を調査したMIT(マセチューセッツ工科大学)のマイケル・ゴードン博士が調査した結果、当時まだ非公開だった「F-117」(ステルス戦闘機)の試験飛行航路とUFO目撃情報を照らし合わすと、見事に一致したという話がある。

つまりステルス機も一時期は「UFO」だったのである。

 


航空機としては異様な形態を持つステルス戦闘機「F-117」

※ 1988年に一般公開されるまでその存在は「極秘」だった 

 

●このステルス機を開発したチーフ・エンジニアのアラン・ブラウン博士は、こう断言している。

UFOなど存在しません。UFOの写真など、たった一言で説明がつきます。これがUFOだという写真は、ナベのフタを撮影したものと変わりませんよ。UFOとは全てアメリカ空軍の戦闘機なんですから」

 


アラン・ブラウン博士

ステルス戦闘機「F-117」を
開発したチーフ・エンジニア

 

●ところで先のエドワード・ルッペルト大尉は、1953年に「プロジェクト・ブルーブック」を去ったあと、『未確認飛行物体に関する報告』(1956年)という本を個人の著作として公刊したが、この本は「UFO=ナチス兵器」説の起源になったとも言われている。

 


エドワード・ルッペルト大尉が書いた
『未確認飛行物体に関する報告』(1956年)

※ 彼はこの本を公刊した4年後に37歳の若さで亡くなった

 

●この本に詳しい関係者によると、この本は欧米のUFO研究団体の推薦図書に必ず入っている古典中の古典であるというが、この本には次のような記述がある。

「本書は、未確認飛行物体(UFO)に関するものである。この魅力的なテーマについて全て事実を、軍人・民間人を問わず、初めて一つの文書にまとめたものである。実際のところ、本書は書籍というよりは報告書といった内容である。本書は一般の書籍と同じ形態をとっているが、それ以外の点は、私が空軍のUFO研究プロジェクト、プロジェクト・ブルーブックの機関長を務めていたときの、公式の記述方法で書かれている。〈中略〉

本書の報告は事実──全ての事実──に基づいている(重要でない点は省いているが)ということを、断言しておく。私は十分に時間をかけて、この報告を執筆した。正確に記述しなければならないからである。」

「第二次世界大戦の終結時、ドイツ人たちはいくつかの革命的なタイプの航空機や誘導式ミサイルの開発段階にあった。計画の大半はほぼ準備段階であったが、UFO目撃者らの報告した物体の飛行が可能なものはそれのみしか知られていない。

連合国同様、ソ連も戦後にドイツの最新技術の完全な形のデータを入手していた。これにより、ソ連がドイツの草案を非常に発展させたという噂が立ち、少なからぬ警戒を呼び起こした。」


●またルッペルト大尉はこの本の中で、アメリカ空軍のUFO研究に関わっていた人たちの中に「地球外仮説」を支持しているメンバーが、かなりの数存在していたことを紹介している。

また次のような「事実」も紹介している。

※ どこまで本当なのか分からないが、参考までに紹介しておきたい↓


◆アメリカ陸軍は、UFOの撮影を意図した観測計画で、三角測量を成功させ、UFOのサイズや高度の測定を行っていた。

◆「ADC(防空コマンド)」がUFOの研究に積極的に動いていた。

◆アメリカ空軍が、UFOの分光観測を計画し特殊カメラを製作していた。

◆レーダーおよび肉眼による同時UFO観測事例が多数存在していた。

◆ソ連機の侵入を監視していた地上監視部隊が何度もUFOを観測していた。

◆数千時間の飛行時間をもつ旅客機のパイロットたちの多くがUFOに遭遇していた。

◆UFOが、迎撃に上がった戦闘機をからかうような行動を何度も行っていた。

◆東京湾上空でもUFOはアメリカ戦闘機に対して挑発行動をとっていた。

◆アメリカ空軍の「航空技術情報センター」所属の少佐が、UFOの機動が知的に制御されたものであることを明らかにした研究報告を提出していた。

◆UFO観測と「放射線」の増加に明確な関係が見られた事例があった。(原子力関係の科学者が設置した放射線検出器の近くでUFOが報告されたとき、必ず「放射線」が検出された)。

◆報道管制が行われている共産圏でもUFOの目撃が多発し、その噂が広まったため、沈静化させるためにソ連やルーマニアがUFO批判報道を行った。

◆ドイツ・ロケット工学の父であるヘルマン・オーベルト博士、V2ロケット主任設計技師ウォルター・リーデル博士、航空力学者モーリス・ビオ博士が、UFOの「地球外仮説」を支持していた。

 

●ちなみに機密扱いだった「プロジェクト・ブルーブック」の資料は、1976年に「情報公開法(FOIA)」によって機密解除され、現在ではワシントンの「国立公文書館」で読むことができる。

幸運なことに、インターネットが発達した現在は下のサイトでも閲覧可能である。


Project Blue Book Archive
http://www.bluebookarchive.org/

PROJECT BLUE BOOK RESEARCH center
http://www.nicap.org/bluebook/blue.htm

↑このサイトでは、アメリカ空軍の「公式UFO調査機関」である
「プロジェクト・ブルーブック」に関する情報、論文が多数掲載されている。
とても参考になるので興味のある方は訪れてみて下さい。

 

 


 

■■第3章:ナチスの「UFO」に関する様々な情報 ─「その1」から「その7」まで


さて、この章では代表的な(?)ナチスの「UFO」に関する情報(目撃談や証言)を簡単に列挙していきたいと思うが、“参考”程度に読んで下さい (^-^)

「その1」から「その7」まであり、かなりの長文です。


↓↓↓


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■その1:「フーファイター」事件


●第二次世界大戦の末期、ドイツ上空に無気味な光を放つ小型の飛行物体が頻繁に出現した。

典型的な目撃ケースは、1944年11月23日午後10時すぎ、ドイツ、ライン川の上空で発生した事件である。

アメリカ第415野戦戦闘機中隊パイロットのエドワード・シュルター大尉は、編隊を組み、超スピードで飛行する8~10個の火球に遭遇した。さらに、同中隊は11月27日、また12月22日、24日と相次いで同様の火球を目撃した。


●この小型の物体は赤やオレンジ、白と様々に変光したり、突然消えたかと思うと現れたり、あるいはまたビーズ玉が空中にぶらさがっているかのごとく滞空したりした。

パイロットたちは、単体や集団で出現するこれらの怪物体を、ナチスが開発した「フーファイター」(炎の戦闘機)と呼んで恐れおののいたという。

 


↑>第二次世界大戦の末期、ドイツ上空で連合軍のパイロットたちに頻繁に 
目撃された「フーファイター」(炎の戦闘機)と呼ばれる奇妙な光球の写真

※ 当時、ナチスが開発した「秘密兵器」だと噂され、兵士たちを恐れさせたという

 

●当初、アメリカ軍ではパイロットたちが長く続く戦闘で視神経をやられ、幻覚を見たのではないかと考えた。だが、同様の報告が1ヶ月以上にわたって数多く寄せられるにおよび、慎重に検討せざるをえなくなった。

そして、これはナチスの「秘密兵器」ではないかという結論に至ったという。あの「V兵器」を開発したナチスのことだから、当然ありうるだろうという判断だったという。


●事件をかぎつけたマスコミは、これを大々的に報じた。

例えばイギリスの『サウスウェールズ・アーガス』紙(1944年12月13日付)は、次のように記している。

ドイツ秘密兵器を生みだした。これは明らかに防空上の兵器だ。クリスマスツリーに飾るミラーボールそっくりのこの兵器を、ドイツは単体もしくは集団で空中に浮遊させている。色は透明感のある銀色だ……」

一方、『ニューヨーク・ヘラルド・トリピューン』紙(1945年1月2日付)も、「この怪飛行物体フーファイターと呼ばれており、ナチスがドイツ上空に出現させた新兵器だ」と報じた。

 

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■その2:「青い煙」事件


1945年3月アメリカ軍爆撃機12機がドイツ上空で撃墜された。しかし、普通の撃墜のされ方ではなかった。

元イタリア空軍技術情報部の責任者であったレナト・ヴェスコは、その著『インターセプト・バット ドント・シュート』の中でこの撃墜についてふれている。

「翼や方向舵のない円盤型ドイツ戦闘機が突然、アメリカの爆撃機に近づき、彼らの飛行路の前をものすごいスピードで通過した。通過した時、それは『青い煙』を数度発射した。

数秒後、アメリカの爆撃機火を噴き始め、次々と空中で爆発した。この時、ドイツの戦闘機はすでに地平線のかなたに消えていた。

空飛ぶ砦と呼ばれるアメリカ軍の爆撃機と超最新の要撃機の戦闘(もしこれがそう呼ばれるものならば)は、ヴルテンベルグ上空で起こった。爆撃機は主力グループから別れ、南バヴァリアへ向っているところだった。」

 


レナト・ヴェスコの本

 

●科学関係の作家として知られているアメリカ人ブライアン・フォードは、著書『ドイツ秘密兵器』の中にこう書いている。

「確かにナチス・ドイツ円盤型の航空機の製作では見るべきものがあった。しかし、これらはドイツが連合軍に占領される前に破壊されてしまった。」

 


(左)ブライアン・フォード
(右)彼の著書『ドイツ秘密兵器』

 

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■その3:元ナチスの科学者アンドレア・エップの証言


かつてドイツで円盤開発に従事していたという元ナチスの科学者が今も生きている。アンドレア・エップである。彼は初期タイプの円盤を開発し、自らそのプロトタイプの設計にも携わっていたという。

 


ナチスの科学者だった
アンドレア・エップ

 

以下は1994年頃に行われたインタビュー記事からの抜粋である。


◆ ◆ ◆


■Q:「あなたが、円盤の開発に関わったときのことを、話して欲しい」

■A:「私は、当時空軍大学を卒業して、士官学校の教官をしていた。あれは……1936年だったと思う。ドイツで大きなオリンピックが開催された。そのとき、ハンナ・ライチュという女性パイロットが、ベルリンで初めてヘリコプターを操縦して、デモンストレーションした。それを見ていて、ヘリコプターのローターが回転するとき、もしそれがどこかに当たったら、ヘリコプターはすぐに墜落してしまう、と感じた」

 


(左)世界初の実用ヘリコプターであるフォッケウルフ「Fw61」の三面図
(右)ベルリンの運動競技場でハンナ・ライチュが成功させた屋内飛行の様子



(左)フォッケ・アハゲリス「Fa223 ドラッヘ」(右)1/48スケールモデル

↑フォッケウルフ「Fw61」の拡大版である大型ヘリコプターで、第二次世界大戦中に
登場した最大のヘリコプターである。また、世界で最初に量産されたヘリコプターでもある。



(左)フレットナー「FL282 コリブリ」(右)1/35スケールモデル

↑世界で最初に実戦投入された交差反転式ローターヘリコプターである



(左)ドブルホフ「WNF342」(右)1/48スケールモデル

↑小型艦船や潜水艦用の観測機として開発されたヘリコプターで、
チップジェット方式としては世界で最初に飛行した機体である

※ ドイツでは戦前からヘリコプターの研究・試作が行われていて、
この分野でも世界をリードしていた。ドイツが敗北した時に、残存していた
「Fa223」と「FL282」は連合国の航空関係者にとって大きな関心をひき、
実機や設計資料などの没収後、これらを本国に持ち運んでヘリコプター開発の
貴重なベース資料とした。その意味で今日のヘリコプターの目覚ましい
発展は「ドイツの技術遺産」を抜きにして語れないだろう。

 

■Q:「ヘリコプター?」

■A:「ええ。それで、ヘリコプターの回転翼を円盤の中に入れてしまう、というアイデアを私は思いついた。つまり、大きな円盤型の機体の中にたくさんの小さなプロペラを装備して、これをコントロールすることで、上昇と水平飛行を行えるように、設計したのである。

当時、ヒトラー総統の指令のもとに、ヘルマン・ゲーリング空軍相が責任者となって、新兵器の開発が急がれていた。私のこの円盤型航空機も、そのプロジェクトに採用されたのである」

■Q:「それは、どのような推進力で飛ぶのか?」

■A:「当初は、8基のガソリンエンジンだった。一つずつが2.4馬力あって、円盤の大きさや、積載重量に応じて、このエンジンの数は、変わってくる。私は、とりあえずその模型をつくったのだが、直径2.2mのものであった」

 


アンドレア・エップが考案した円盤型航空機の実験モデル「オメガ・ディスク」

8基のガソリンエンジンで上昇し、大きなプロペラで姿勢制御するという


 

■Q:「これは、実際に飛んだのか?」

■A:「ええ、実際に飛ばしてみた。ドイツのV1、V2ロケットをつくっていたぺーネミュンデの工場跡地と、オーストリアのプラハにあるベル飛行場というところで実験した。製作したのはスコーダーという工場で、BMWをはじめとする、いくつかの会社が協力してつくった」

■Q:「それは実用化されるところまで、いったのか?」

■A:「ええ、実用化とまではいかなかったが、私の後継者たちがつくった直径42mの円盤は、グリーンランドまでテスト飛行をした」

■Q:「42m……というと、相当な大きさだが、どのくらいのスピードで飛んだのか?」

■A:「私の計算では、時速2000キロだった」

■Q:「どうして、そのような高速が得られたのか?」

■A:「そのころにはもう、ジェット噴射方式が採用されていたからである。この方式だと、機体の前方から、強力に空気を吸いこむので、機体の周囲が真空状態になるため、前へ前へとスピードアップすることができるのである。当時、通常の航空機の前面に穴を開け、空気を吸いこむようにした、ごく原始的な方法で行った実験があったが、それでも速度は1.5倍になったという報告があった」

■Q:「すると、シュリーバー・ハーバーモール型とか、ベルーゾ・ミーテ型といった円盤と同じもののように感じるが」

■A:「いやまさに、それそのものである。私の初期のアイデアを利用して、彼らが次々に新型機を開発していったわけである。が、私はプロジェクトから外されてしまった……」

■Q:「えっ、それはなぜか?」

■A:「じつは、私は、自分が開発したこの円盤型航空機が、戦争に利用されそうになったことに、反対したからである。私は、ドイツ空軍の士官ではあったが、戦争には反対していた。そしてあるとき、軍の上司から、お前の同僚で戦争に反対している者の名前を書けといわれたのである。私は、自分の仲間の名前を、とても書くことができなかった。

そこで、若気のいたりだろうか、自殺を図ったのである。自分でピストルを構えて、自分の心臓を撃ったのだが、弾は心臓の心室と心室のあいだを貫通してしまった。もしこれが、心室の中に入っていれば、私は死んでいたはずである」

■Q:「……その後、どうなったのか?」

■A:「そのあと、軍から5年間の刑務所行きを、いい渡された。ヒトラーの言では、自殺行為を図ったということは、軍に反抗したという罪になり、本来は死刑になるところだったのである。

このことがあったせいで、私が初めに考え、設計した円盤の設計図やアイデアは、取りあげられてしまった。その後、私のアイデアは、シュリーバーハーバーモールベルーゾミーテといった科学者たちに受け継がれて、発展したのである」

■Q:「なるほど……。ところで先に、グリーンランドヘ直径42mの円盤がテストフライトした、と言ったが、その円盤はどうなったのか?」

■A:「それは当初、パイロットによってグリーンランドへ飛行し、帰りには、無人のリモートコントロールで飛行してくるという計画だった。ところが残念なことに、エンジンにトラブルがあり、不時着して、壊れてしまったのである。戦後、アメリカのペンタゴン(国防総省)が発表したところによると、グリーンランドで、この大きな円盤の残骸を見つけた、ということだ。米軍はこれをモデルに、円盤の開発をひそかにはじめた、と聞いている」

■Q:「あなたは、戦後、米軍に連れていかれなかったのか?」

■A:「私はそのころ、イタリアに送られていた。そして、イタリアが解放されたあと、オートバイでオーストリアを経由して、ドイツに帰ってきた。そして、ルクセンブルクの近くで、アメリカ兵に捕まってしまった。

そのあと実際に拘置所に入れられたのは7日間だけで、それから呼びだされて、ミュンヘンの北のほうにある、フライジングという町の“インテリジェンスセンター”に送られた。このインテリジェンスセンターというのは、アメリカ人の中でも、頭のいい連中ばかりが集められるところだった。私はそこではゲスト扱いで、大変いい待遇を受けた」

■Q:「アメリカ人から尋問を受けなかったのか?」

■A:「もちろん、そこではいろいろな尋問を受けた。しかし、私は、自分の経歴や、してきた仕事については、ひととおり話はしたが、円盤のことについては、一切触れないようにした。

戦争に反対したために、収容所送りになった人間とはいえ、私はやはりドイツ人であり、ドイツ国家の軍人だったわけである。その私が、自分の祖国を裏切るようなことをできるわけがない。戦争に敗れたとはいえ、私は自分の魂まで売るつもりはなかったのである」

■Q:「円盤に携わった科学者たちは、終戦後、どこへ行ってしまったのか?」

■A:「ハーバーモールは、真っ先に、ベルリンに進駐してきたソビエト軍によって、家族もろとも連れ去られた。その後、風の便りで聞くところによると、ロシアでその後も円盤の開発に従事させられた、ということである。が、それが成功するにいたったかどうかは、わからない。

シュリーバーは、一時カナダへ連れていかれ、そこで研究開発を続けていたようだが、最後はドイツに帰ってきて、ブレーマーハーフェンというところで、5年前に亡くなった」

 


(左)ビクター・ショーバーガー (右)彼が開発した装置

 

■Q:ビクター・ショーバーガーという科学者は、どうなったのか?」

■A:「彼は、『インプロージョン・エンジン』という、爆縮型エンジンを開発したことで知られている。ショーバーガーは『ペーパークリップ作戦』の名のもと、アメリカに連れていかれ、その後『インプロージョン・エンジン』を公開したとたん、シカゴで何者かに殺されてしまった、という話だ」

■Q:「殺された?……ショーバーガーが開発した『インプロージョン・エンジン』というのは、いったいどういうものだったのか?」

■A:「詳しいことは私にもわからないが、熱を利用する“熱エンジン”とでもいうべきもので、エンジン内で燃料ガスを爆発させるのではなく、熱の高低差を利用して、空中にある空気と水を吸いこんでいく、というものだったようである。だが、私にはそれ以上のことはわからない……」

■Q:「この円盤開発に、日本人の科学者も関わっていた、と言われているが、そのへんのことについて何か知っているか?」

■A:「そういう噂も聞いたことがあるが、私は、収容所に入れられて以来、この円盤開発のプロジェクトから外されていたので、そのへんのことはよくわからない。

日本といえば……、あの当時、日本が真珠湾攻撃をしかけたというニュースを聞いて、私はもうだめだ、と思った記憶がある」

■Q:「えっ、なぜ真珠湾攻撃が……?」

■A:「あの頃、私たちドイツ軍士官の間では、アメリカがこの戦争に乗り出さなければ、我々は勝てるという自信があった。ところが、日本が真珠湾に奇襲をかけたとなると、当然、アメリカが参戦してくる。

私たち空軍士官の仲間たちは、これで全ては終わった、と顔を見合わせたものである」〈後略〉

 

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■その4:「フリューゲラート・シリーズ」の円盤開発


●世界各国の軍事兵器に詳しい渓由葵夫氏は、著書『奇想天外兵器番付・東』(新紀元社)の中で、ナチスの円盤に関して次のように書いている。

参考までに紹介しておきたい。

 


『奇想天外兵器番付・東』(新紀元社)

第二次世界大戦中に考え出された数々
の奇想天外な兵器が紹介されている
(ナチス製円盤も紹介されている)

 

ドイツにおいて『空飛ぶ円盤』というコンセプトは、あくまで合理性という観点から進められた。

どこかの国のように、やれ『宇宙人だ、宇宙人だ』で、学問も仕事も社会生活も、はたまた人生そのモノもワープで済ましてしまう人たちとは違うことを強調しておこう。」


「ナチスの『空飛ぶ円盤』は反重力や反物質で動くのではなく、巨大なローター回転させて飛ぶ『オートジャイロ』なのだ。もちろん、のちに実用化されたヘリコプターのルーツでもある。

ヘリは一体化したかに見える円盤のローター部と本体を切り離し、2~4枚とシンプル化したローターの回転スピードを上げて浮力を得ようと発想を変えたシロモノに過ぎない。今日の『AH-64アパッチ』などのジェットヘリを見るにつけ、飛び方については、むしろ“先祖返り”しているように思われる。つまり、はじめに円盤ありきという視点に立てば、ということだ。」


「フォッケウルフの珍機『トリープフリューゲル』なども、正確な分類によれば、『円盤族』の仲間となる。そして、すべての円盤の根源的な発想は、一にも二にも『VTOL(垂直離着陸)機』であることは言を待たない。

それら大量の研究資料が、戦後戦勝国の手によって流出し、様々な憶測が憶測を生んで今日にいたっている。」


ナチスの円盤で、主に研究に携わったのはBMWである。『フリューゲラート・タイプ1』は、直径6m円盤の真ん中に搭乗員が座り、機体下部に『BMW003ジェット・エンジン』をレイアウトしたものだった。重量は3トン。円盤外縁部はファンの機能を果たし、ジェット・エンジンの排気を斜め上方へ噴射することによってファンを回転させ、揚力を得ようとした。

そのため機体分類は『オートジャイロ』としている。ジェット・エンジンを挟むような格好で左右に4つの車輪を固定輪としてレイアウトされている。」

 


↑4つの車輪が特徴的な「フリューゲラート・タイプ1」

※ 機体下部に「BMW003ジェット・エンジン」を搭載。
円盤外縁部はファンの機能を果たし、ジェット・エンジンの排気を
 斜め上方へ噴射することによりファンを回転させ、揚力を得たという。

※ 第二次大戦後期にBMWが開発した003ジェット・エンジン↓

 

●さらに彼は次のように書いている。

「フリューゲラート・シリーズの円盤は、『飛行テストに成功した』という記述がそこかしこに見られる。しかし、飛行を証明する物的証拠は皆無に近く、証言はあくまで『生存する関係者の』とただし書きが付く。

例えば、BMWでは1943年8月から『開発プランに着手した』と記録にはあり、おそらく当時の開発関係者の証言と考えられる。『飛行テストに成功』という記述もあり、上記レベルであればローターシステムに疑問は残るものの、エンジンは空力的にも無理なく作動しそうなので、あるいは飛んだのかもしれない。」


「この円盤の最終段階である『フリューゲラート・タイプ3』は、完全に実用化を目指した巨大な円盤になる予定だった。まず直径であるが、これがなんと24m。重量も40トンと一気に大型化した。これだけの重量とサイズを浮かせるエンジンは、いまだ開発途上の『ハインケルHeS011ジェット・エンジン』をまず想定し、さらには計画中の『BMW018ジェット・エンジン』を搭載する予定だった。〈中略〉

この機体の主たる目的は『戦略偵察』で、視界の広い下部コックピットから下方および地上を見ることができる。エンジン出力の増大にともない、大きくなった機体中央部(回転しない部分)には充分なペイロードがあることから、やがては爆撃機への転用が可能だった。」

 

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■その5:FBIの極秘資料 ─「V-7」目撃談


●1978年9月、「情報公開法(FOIA)」のもとに、これまで極秘にされていた資料が公にされたが、その中にはナチスの円盤に関する情報も含まれていた。


●そのひとつに、1952年8月1日付のFBIによる「テレタイプ・メモ」がある。

これは、1940年にドイツの10番目の秘密工場で働いていたという男の証言が記されたものである。

彼は工場で開発された円盤型機テスト飛行に立ち会ったが、その機体は2万mの上空を時速1700キロの猛スピードで飛んだというのである。さらに、それは「V-7」と呼ばれていたことも明かしている。

 


ナチスの円盤型機(ハウニブ)は「V-7」と呼ばれていたという

 

●その他にも、同じFBIが法務局に宛てた1957年11月7日付の文書にも、

実際に「V-7」を目撃したと思われる人物の証言が記録されている。


●その男は1942年5月、捕虜としてポーランドからドイツ、ベルリンの東にある「ガット・アルト・ゴルセン強制収容所」に送り込まれたデミトリ・ミシャラク(仮名)で、彼が奇妙な体験をしたのは1944年の夏のことだったという。

ある日、いつものように干し草の刈り取り作業をしていると、沼地を抜ける道路上で突然、トラクターのエンジンが停止してしまった。この直後、奇妙なノイズがどこからともなく聞こえてきた。それはまるで大型の発電機から発せられる音のようだったという。

すると、緊張した顔つきのSS(ナチス親衛隊)の警備兵が現れ、トラクターの運転手に何かを告げ、それから5~10分後、ノイズが止むと同時にトラクターのエンジンも回復したという。

 


ルーン文字で表記した
SS(ナチス親衛隊)のマーク

 

●この奇怪な出来事から約3時間後、沼地から少し離れたところで作業をしていたミシャラクは、

荒れ地の一角の円形の塀から、突如、黒灰色の怪物体が出現し、ゆっくりと垂直に上昇し始めるのを目撃。

この怪物体は地平線に向かって移動していったが、やがて立ち木に遮られて視界から消えてしまったという。

彼は約150mの距離からこの光景を目撃したというが、物体は円盤型で、直径7~9m、高さは4mくらい。上下それぞれに1.5mのふくらみがあり、中央部分がその周縁部もろとも高速回転していたという。

例のノイズが聞こえてきたが、先ほどの音よりは遥かに低く、傍らのトラクターのエンジンがまたもや停止してしまったが、運転手はあらかじめ予期していたらしく、ノイズが止むまで静かに待機していたという。怪物体が遠ざかり、ノイズが聞こえなくなると、エンジンは正常に戻ったという。

 


「V-7」の想像図(あくまでも想像図です)

 

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■その6:ボヘミアにあった「V-7」の実験場「ヤグドシュロス」の謎


●かつて、民間最大のUFO研究団体だった「NICAP(全米空中現象調査委員会)」の主宰者ドナルド・キーホー大佐は、ボヘミアに多数の「V-7」実験場跡があり、

そのひとつが、森の中にある古城を利用してつくられた「ヤグドシュロス」と呼ばれる実験場だと指摘している。

 


ドナルド・キーホー大佐

民間最大のUFO研究団体である
「NICAP」の会長を務めた

 

1944年当時、そこはSS(ナチス親衛隊)の管轄下にあり、村人たちには立入禁止区域になっていたが、そこから8キロ先にある村に「黄金の牛」という名の宿があったという。

この宿へは、SSの高官たちが「ヤグドシュロス」ヘの行き来の途中、食事を兼ねてしばしば立ち寄っていた。だが、奇妙なことに、彼らは必ず大きめのブリーフケースを所持しており、しかもこのケースは持ち主の左手首に鎖でしっかりとつないであったという。

また、彼らは歓談中、何かが飛んでいる様を表すかのように空中で激しく手を動かしたり、あるいは「飛ぶ」とか「空中に浮かぶ」「上昇」といった言葉を連発していたという。


●ある日のこと。彼らは宿の主人に古い皿を持ってこさせた。

そして裏庭に出て、それを次々に放り投げながら、その飛び方について熱心に討論していたという。そして皿を全部投げ終わると、代金だといって、必要以上のお金を支払って立ち去ったという。

 


SS(ナチス親衛隊)の隊員たち

 

●そんな中で、ある晩、村人たちの度肝を抜かせるような出来事が起こった。

その夜、奇妙な音を聞いた住人たちは、大騒ぎで外に飛びだした。その時、彼らが見たものは、「ヤグドシュロス」の上空に浮かぶ光り輝く物体だったという。以後、この円盤型の飛行物体はしばしば出現し、上下に飛んだり、急旋回を操り返していたという。

この「ヤグドシュロス」は、以前から資材を運搬するナチスの車両が頻繁に出入りしていたとのことだ。

 


ナチスの円盤型試作機「フライング・ハット」のモデル(無人機)

 

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■その7:「ケネス・アーノルド」事件(1947年6月24日)の謎


●戦後まもない1947年6月24日、アイダホ州ボイスに住む実業家ケネス・アーノルドは、自家用機でワシントン州のチヘリス空港を飛び立ち、レイニア山付近を飛行中に怪物体に遭遇した。

突然、アーノルドの視界に反射光が走り、驚いたアーノルドは風防ガラス越しに周囲を見回した。そして左方上空に9機の飛行編隊を見た。それは非常な速さで飛行しており、推定速度はおよそ2700キロという猛スピードであった。

速度もさることながら、何よりも驚いたのは、その飛び方であった。

アーノルドは、物体の飛行を「コーヒーカップの受け皿(ソーサー)水を切るように飛んでいた」と表現した。

 


アメリカ人実業家ケネス・アーノルド

戦後まもない1947年6月24日に、自家用機で
飛行中、謎の飛行物体に遭遇。彼の体験談は
「空飛ぶ円盤」という言葉を生み出した。

 

●この9機の怪物体は南の方向へと飛び去り、やがて視界から消えた。発見から見失うまでの時間は、約3分。あっという間の出来事であった。

アーノルドの体験は、翌25日にはオレゴン州で、26日には全国で新聞報道され、一気に知れ渡ることになる。


●やがてマスコミは、アーノルドが見た飛行物体を「フライング・ソーサー」と呼び始めた。

軍部の「フライング・ディスク」という表現の影響もあったのか、飛行物体の飛び方の形容であった「ソーサー」が形状の表現として使われるようになったのである。

「フライング・ソーサー」を日本語に訳せば、「空飛ぶコーヒーカップの受け皿」で、ここから「空飛ぶ円盤」という名称が生まれた。

 


目撃した飛行物体のイラストを
見せるケネス・アーノルド

 

●しかし、アーノルドが目撃した飛行物体は、円盤の形をしてはいなかった。三日月の形をしていたのである。これは重要な点である。

なぜならば、アーノルドが目撃した飛行物体はナチスが開発していた三日月型の航空機に酷似しているからである。

アーノルドはナチス製の航空機(戦後アメリカが回収した?)を目撃した可能性が高いといえる。

 


↑ケネス・アーノルドの著書に
掲載された飛行物体のイラスト

これを見れば分かるように、
彼が目撃した飛行物体は「円盤」
ではなく、「三日月」の形をしていた



↑ナチスが開発していた三日月型の試作機

ケネス・アーノルドが目撃した三日月型の
飛行物体とよく似ていることが分かるだろう

 

●ところで、興味深いことに、「空飛ぶ円盤」という言葉を世の中に広めることに貢献したアーノルドは、その後1962年に共和党からコロラド州知事として立候補している。さらにはアイゼンハワー大統領と握手している写真まで残っている。

彼が何の功績を買われてこのような引き立てを得るに至ったのか?

謎は深まるばかりである。

 

 


 

── 以上で、ナチスの「UFO」に関する情報の紹介は終了です ──

 


 

■■第4章:「UFO問題」とアメリカの関係


●前章で代表的な(?)ナチスの「UFO」に関する情報を簡単に列挙してみたが、いかがだろうか?

もちろん、全ての情報が正しいとは限らないので、結論は急がないほうがいいだろう。

この分野は、あせらずゆっくり研究していきたい。

 


『ドイツ空軍計画機 1945』パイロンズオフィス[編](光栄)

 

●他にもここでは紹介しなかった「UFO情報」が沢山あるが、この分野の情報は、かなり錯綜していて、どこまでが真実でどこまでがニセ情報なのか判断しにくい。

わざと間違った情報を流す人間=「情報工作員」がいるから非常にやっかいである。


●例えば、「グレイ陰謀説」というのがある。

頭と目が異常に大きい緑色の小人型生物「グレイ」が、アメリカ政府と密約して我々の地球を侵略しつつあるんだという説である。

1980年代後半から猛威をふるったこのアメリカ発「グレイ陰謀説」は、既に荒唐無稽化しているのは言うまでもないが、興味深いことに、実際に「グレイ」に襲われた被害者の中には、「グレイ」が人間の入った着ぐるみだったとの証言をしている人がいる。もしそれが本当ならば、「グレイ陰謀説」は計算し尽くされた組織的演出だったとの見方が強まる。

インプラント技術をはじめとする民間人を狙った「生体実験」や、「秘密兵器」の開発を隠蔽するのに、アメリカにとって「グレイ陰謀説」ほど好都合なものはないであろう。事実、「グレイ陰謀説」のほとんどは“元アメリカ軍人”と名乗るいかがわしい連中からリークされたものばかりだ。

 

全くの「ウソ話」ならば、誰も最初から相手にしない。
大きなウソの中に「小さな真実」を混入しているからこそ、
「グレイ」にまつわる話は、なかなか立ち消えないといえる。
 アメリカ軍の情報操作(メディア戦略)は単純ではない…。

 

●また、アメリカの有名なUFO研究家ジョージ・アダムスキーも極めて謎の多い人物である。

彼は1891年ポーランド生まれのユダヤ人であるが(父はポーランド王子、母はエジプト王女の末裔という情報もある)、幼時に父親に連れられてアメリカに移住し、8歳から12歳までチベットの首都ラサに留学。ダライ・ラマの住むポタラ宮で、一種の修道士としてチベットの秘教や東洋哲学を学んでいる。

そして、1930年代にカリフォルニア州ラグナビーチに「ロイヤル・オーダー・オブ・チベット」という団体を設立し、1953年に「異星人」との遭遇体験をまとめた本『空飛ぶ円盤実見記』を発表。

この本は大ベストセラーになった。

 

 

●その後、数多くの支援者に恵まれて世界的な有名人になったアダムスキーは、ケネディ大統領とも親交があったと言われているが、ホワイトハウスにもよく出入りしており、海外での講演旅行の際、アダムスキーは特権が付与されたパスポートを使っていたという。

※ アダムスキーは1965年に米国メリーランド州で死去、享年74歳だった。

 


(左)アメリカの有名なUFO研究家、ジョージ・アダムスキー
(右)彼が1952年にアメリカのカリフォルニア砂漠で出会ったという
異星人「オーソン」の人物画。ほぼ地球人と変わらない外見で、
白人美女のようだが、実は青年だったという…。



彼が1952年に撮影した空飛ぶ円盤の写真。「アダムスキー型円盤」と呼ばれているが、
形状やディテールがあまりにクッキリ写っていて、まるで模型のようであるのは有名。

※ アダムスキーの背後に「チベット・サークル」が存在していたことや、
彼が出会った異星人の容姿が妙に「アーリア人」っぽいということ、
そして彼の目撃した円盤が「ナチス製円盤」にそっくりなのが
非常に気になる。何か裏がありそうだ。現在では彼の
写真も本も創作だったとする説が有力である。



(左)映画『地球の静止する日』(1951年制作)
(右)この映画に登場する異星人「クラートゥ」

クラートゥは、地球の「核兵器」について警告を与えに
来た友好的な異星人である。UFO研究家の間では、異星人
「オーソン」の姿(衣装)は、このSF映画に登場する異星人
「クラートゥ」をマネたのではないかと言われている。
(スキーウェアのようなスーツに、幅の太い
 ベルトなど、全く同じである)。

 

●ところで、ナチスがらみの「都市伝説」にはこの他にも、ナチスのインナー・サークル(ヴリル協会)のメンバーが大戦中に金髪碧眼のアーリア人そっくりの人間型エイリアンとの交信(チャネリング)を試みていたという情報や、ナチスの科学アカデミー「アーネンエルベ」がアララト山脈を極秘に調査した結果、アーリア人のルーツは火星からアルデバランの惑星まで辿れることを突き止めたという情報などもある。

しかし、あまりにも内容が荒唐無稽な感じがするので、これらについては「アーリア人と火星の謎」(準備中)の中でまとめて紹介したいと思う(笑)

 


「ヴリル協会」のメンバーだった女霊媒師「ヴリルの乙女」たち

関係者の証言によれば、彼女たちは地球から68光年の距離にある牡牛座の
アルデバランの惑星スメランに住むアーリア系異星人とチャネリングで交信し、
 そこで得た知識によってナチスの円盤開発計画に多大な貢献をしたという…。

 

●とりあえず当館は、現在、世界各地で起きているUFO目撃談の多くは、自然現象や航空機などの「誤認」であると考えている。

もちろん、中には本物の「円盤」を目撃した人もいると思うが、それらの「円盤」の多くは「地球製の円盤」、すなわち地球人(主にアメリカ人)が開発中の「軍事兵器」(実験機)であると考えている。

もちろん、単なる「憶測」でしかないのだが、可能性として非常に高いと感じている。

 

 


 

■■第5章:「UFO=アメリカの軍事兵器」説


さて、ここから先は「UFO=アメリカの軍事兵器」説を考える上で、参考になりそうな情報を(勝手気ままに)列挙していきたい。

もちろん、どう受け取るかは自由です (^-^)/

 


↑アメリカ海軍が開発した「V-173」(1942年11月に初飛行)

その後、この機体を改良した「XF-5U」が開発されたが、
実戦に投入されることなく計画は放棄され、1957年に
バージニア州ノーフォークで一般公開された。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



↑アメリカ空軍の円盤型試作機「AV-9」(アブロ・カー)

※ 直径5.48m/2人乗り

1950年代に、垂直離着陸(VTOL)可能な「超音速機」を開発するため、
アメリカ空軍はカナダの「アブロ社」と契約して「アブロ・カー計画」をスタートさせた。
1953年2月、カナダの『トロント・スターリン』紙は、この計画には、
元ナチスの科学者が関与しているとスクープした。

この計画で作られた円盤型の
試作機の正式名称は「AV-9」と呼ばれ、
1000万ドルの巨額の経費を投入して開発された。
しかし、その仕組みは「ホバー・クラフト」とほぼ同じで、
公開試験では、地上からわずか1.2mしか浮上できなかった。
さらにその計画全体が「アブロ社」倒産によって中止に追い込まれた。

※ 今もって真意が分からない「アブロ・カー計画」に関して、
一部の研究家は、「UFO隠蔽」のために「AV-9」は
ダミーに利用されたと考えているようだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



↑ベルギーで1万人以上の人々によって
目撃されたデルタ型UFO(1989年)

1989年暮れから始まった目撃事件は、
1990年に入ってからも収まらず、この事態を重く見た
ベルギー空軍が、まぎれもないUFOをとらえたレーダーの映像を含め、
この事件のデータを全て一般公開するという異常事態になった。この種の
事件を否定し、公にしたがらない政府や軍としては、まことに異例
のことであり、UFO事件史上初めてのことであった。



↑イギリスで目撃されたデルタ型UFO(1995年)

機体は真っ黒で機体の下部には強烈なライトが配置されていたという。
右は撮影された写真をもとにして描かれたデルタ型UFOの想像図。



↑アメリカ海軍の艦上攻撃機A-12「アベンジャー」

完全なデルタ翼を持っていたが、開発は中止されてしまった。
上のベルギーとイギリスで目撃されたデルタ型の
UFOと何か関係がありそうだ…。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



(上)アリゾナで目撃されたV字型UFO(1997年)は、
ナチスが開発していた「ホルテン H XIII」(下)に似ている

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



↑1960年代に、アメリカ空軍が極秘に開発したとされる円盤型機

こんなのが上空を飛んでいたら、誰でもUFOだと思ってしまうだろう

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



↑アメリカ空軍が開発したステルス「B-2爆撃機」

1機約21億ドルと高価で、現在のアメリカのハイテク兵器の象徴である

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


現在、エイリアン・クラフトとされる円盤の正体は、地球製の円盤、
すなわちアメリカが開発中の「軍事兵器」である可能性が高い。

「ロズウェル事件」など、一時期、アメリカ中で騒がれた
「UFO墜落事件」の真相は、軍が極秘に開発していた
「実験機」が引き起こした事故だったと思われる。

もっとも、エイリアン・クラフトなるものが、
もし本当にこの世に実在するのであれば、
それはそれで「面白い」と思うが…。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



(左)米科学雑誌『ポピュラーサイエンス』(1993年3月号)
(右)アメリカ空軍が開発中のスペース・プレーン

「宇宙往還機」といわれるもので、マッハ6前後を
予定しており、極超音速輸送機とロケットの
混合航空機のようなものであるという


 
↑この『ポピュラーサイエンス』(1993年3月号)の特集によれば、
アメリカ軍は奇妙な形をした菱形の航空機(右)も開発しているという

 

─ 完 ─

 


 

■■追加情報:「UAV(無人航空機)」の紹介


追加情報です。現在アメリカが開発している「UAV(無人航空機)」を紹介しておきます。

UAV(Unmanned Air Vehicle)=遠隔操縦または
高性能コンピュータを搭載し、自律飛行を行う無人の航空機

 


アメリカ空軍の無人偵察機「プレデター」



垂直離着型の回転翼を持つ無人偵察機「サイファー」



(左)「サイファー2」(VT-UAVドラゴンウォーリア)
(右)垂直離着型の無人偵察機「ゴールデン・アイ」

「ゴールデン・アイ」は、内部にダクトファン方式の
プロペラエンジンを搭載。エンジンを始動すると、本体は
スムーズに地上から上空へ浮上し、垂直離着陸を実現する。
離陸後に高度が得られると、ウイングを展開して通常の航空機の
ように目的地へと移動できるユニークな仕組みになっている。



無人戦闘航空機「X-45B」



無人戦闘航空機「X-45C」



無人戦闘航空機「X-47A」(この機体は上で紹介した菱形の航空機に似ている)



無人戦闘航空機「X-47B」

これらの無人戦闘航空機は「人工知能」と
「GPS」を搭載し、完全な無人での自律飛行が可能。
国防総省防衛高等計画局との共同プロジェクトによる試作機は、
人工衛星からの制御も可能な上に「ステルス機能」まであるという。
(「無人機」のメリットは「有人機」では不可能な高性能化にある)。



↑アメリカのニュース番組で放送された、アメリカ軍が
実験開発中の極超音速試験飛翔体「ファルコン HTV-2」

現在、アメリカ軍は極超音速で飛ぶ「無人戦闘航空機」に
よって全地球のあらゆる場所を攻撃可能な「ファルコン計画」
を推進している。将来的には、アメリカ本土から約1時間で
 どんな地域へも「無人機」を飛ばせるようになるという。

※ 上で紹介した形以外に、丸みのある三日月型や
円盤型の無人機も開発中なので、将来、世界各地で
 「UFO騒動」が立て続けに起きる可能性が高い…。

 

 


 

■■追加情報 2:関連記事(リンク集)


冷戦下で進められていた「空飛ぶ円盤」の開発 [2001.7.9]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20010709301.html

NASA、マッハ10の超音速航空機を開発中 [2001.4.20]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20010420305.html

「群知能」を持つ無人航空機の編隊 [2005.6.2]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050602301.html

 

 


 

■■追加情報 3:関連動画(リンク集)


参考までにどうぞ↓

CBC Documentary on the Avro Car(米軍の円盤型機「アブロ・カー」)
http://www.youtube.com/watch?v=rah0q1rZk9Q



無人航空機「ポールキャット」(翼長28m、重量4t)
http://www.youtube.com/watch?v=bsowPKvcIxo

↑形は「B-2爆撃機」に似ているが、地上の要員の無線操縦なしに
「離陸→目標まで飛行→目標物の認識→帰還→着陸」の全プロセスを
自律的に行う「超ハイテク機」である。この機体の開発は、あの有名な
ロッキード社の「スカンクワークス」(先端技術開発部門)が担当した。

※ この「スカンクワークス」が過去に開発を行った機体には、
超高度偵察機「U-2」、超音速偵察機「SR-71」、
ステルス戦闘機「F-117」などがある。

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↓これはオマケ映像(第5章で紹介したベルギーの「UFO騒動」の映像)

Belgian Triangle ufo
http://www.youtube.com/watch?v=VNaeCF01ZYc

参考までに、この時の「UFO騒動」については
↓こんな本が出ている(1995年出版)


『五万人の目撃者 ─ 消えた未確認飛行物体』
ベルギー空間現象研究会著(二見書房)

上のほうでも述べたが、この時、目撃されたデルタ型の飛行物体は
「宇宙人の乗り物(エイリアン・クラフト)」ではないと思う。

※ ちなみに、かの有名な早稲田大学の大槻教授がこの本の中で
「このUFOの正体はプラズマです」と述べているが、
「プラズマ」だけでは説明できないと思うぞ…(^^;

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↓ついでにこれもオマケ映像だが、2006年にアメリカで発売された画期的な
高機能ラジコン「X-UFO」。夜間に飛ばせば近所で「UFO騒動」を起こせるかも…(^^;


http://www.youtube.com/watch?v=pLE0SQhHM1s

 



 

■■追加情報 4:ディスカバリーチャンネルで放送された「ナチスのUFO開発計画」について


ケーブルTVでおなじみのディスカバリーチャンネルで、
2009年に放送された「ナチスのUFO開発計画」という番組↓

なかなか興味深い内容でした。どうやらナチス・ドイツの秘密兵器である
「ベル型円盤(ディグロッケ)」の開発は、ハンス・カムラーSS大将
大きなカギを握っていたようですな…(^^;



この番組はこちらで全部見ることができます↓

【HD】ナチスのUFO開発計画 NAZI UFO CONSPIRACY


※ ディスカバリーチャンネルとは……

世界180ヶ国、39言語で放送され、視聴世帯数4億5000万世帯を
擁する世界最大のドキュメンタリーチャンネル。
http://japan.discovery.com/index.html

 



 

■■追加情報 5:「空飛ぶ円盤」の模型情報 ─ ナチス製円盤「ハウニブ」のキット化


●有名な模型メーカーの「WAVE」から「アダムスキータイプ」と「ドイツ軍ハウニブタイプ」の2種類「空飛ぶ円盤」の模型が発売されています(笑)

あれこれ想像を膨らませながら製作したら楽しそうです…(^^;

 


空飛ぶ円盤 アダムスキータイプ(1/48スケールモデル)



空飛ぶ円盤 ドイツ軍ハウニブタイプ(1/72スケールモデル)

 

●ちなみにナチス製円盤「ハウニブ」の模型は、海外メーカーからも発売されています↓

上と同様、こちらも「空飛ぶ円盤」の特異な機体形状を見事に再現していますが、あくまでも「架空の兵器」であり設計図は存在していないので、各メーカーの機体の形状(兵装)にはいろいろ違いがあって面白いです(^^)

 


(左)ペガサスホビー製ハウニブ(1/144スケールモデル)
(右)ドイツレベル(Revell)製ハウニブ(1/72スケールモデル)

 



 

■■おまけ情報:「単座ツイン・ローター・ヘリコプター」の開発情報

 

←「XFV型ソロ・トレック機」

※ 2001年にアメリカの「ミレニアム・ジェット社」が開発・製作
したバックパック式の単座ツイン・ローター・ヘリコプターで、乗り手は
立った状態で左右にある操縦桿をそれぞれの手でつかんで操縦する。重量は
140キロ近くあるが、「実用化される時はもっと小さくて軽くなる」という。
また「開発が完了すれば最高飛行速度は130キロ程度にまでなる」という。

詳しくはこちら↓

http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20020118301.html

 




■関連書籍 ※ 画像クリックで詳細表示


 



── 当館作成の関連ファイル ──

「ナチス第四帝国」の謎 

ナチス・ドイツの科学技術を奪い取った連合軍 

 


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