No.b1fha777

作成 2003.1

 

「ナチス製円盤」の謎

 

 

第1章
 ナチスは円盤を開発していた?
第2章
「UFO」は「軍事用語」である
第3章
ナチスの「UFO」に関する様々な情報
(「その1」から「その7」まで)
第4章
「UFO問題」とアメリカの関係
第5章
「UFO=アメリカの軍事兵器」説

追加1
「UAV(無人航空機)」
追加2
関連記事(リンク集)
追加3
動画(リンク集)
追加4
ディスカバリーチャンネルで放送された
「ナチスのUFO開発計画」

↑読みたい「章」をクリックすればスライド移動します

 

 


 

■■■第1章:ナチスは円盤を開発していた?


ナチスの円盤開発の話はどこまでが本当なのだろうか?

全てがウソなのだろうか? それとも少しは真実を含んでいるのだろうか?

真相は謎に包まれているが、単に翼の形が円盤の形をしている飛行機や、尾翼のない無尾翼機ならば、公式に存在していたことが確認されている。「AS-6」と呼ばれる円形翼のプロペラ機(レシプロエンジン機)や、

「ホルテン H IX Ho229」と呼ばれる無尾翼ジェット機(全翼機)である。

 


↑第二次世界大戦末期の1944年、ドイツ占領下のプラハで試作された円形翼機「AS-6」

その特異な形状から「空飛ぶビール・コースター」と呼ばれていた



↑第二次世界大戦末期の1944年、空軍士官ホルテン兄弟によって
設計・開発された無尾翼ジェット機(全翼機)「ホルテン H IX Ho229」

ドイツの敗戦で実戦には間に合わなかったが、現在の
アメリカ空軍の「B2ステルス爆撃機」の先駆といえる

 

●ナチス・ドイツには「空飛ぶ三角形」の飛行機(三角翼機)も存在した。

「リピッシュ社」の創立者、アレキサンダー・リピッシュ博士が開発していた飛行機で、三角翼の効果を試すために作られた実験機「DM1」は、大戦末期に滑空テストが行われ、好評価を得た。

続いて、「DM2」機の設計が進められたが、敗戦で打ち切られてしまった。

 

  
アレキサンダー・リピッシュ博士が開発していた「空飛ぶ三角形」の飛行機

コクピットは分厚い垂直尾翼の先端に設けられている。この機体は、
戦後、アメリカの「デルタ翼機」の開発に大きな影響を与えた。



アレキサンダー・リピッシュ博士

 

●このアレキサンダー・リピッシュ博士は、世界初のロケット戦闘機「Me163コメート」の産みの親でもある。

この戦闘機は、液体燃料ロケットを動力とし、時速960キロの高速と、大口径30ミリ機関砲の一撃で敵大型機を撃墜できた。(驚くべきはその上昇力であり、9000mの高度まで昇るのに2.6分という速さだった)。

連合軍のパイロットは、このロケット戦闘機を初めて目にしたとき、一様に驚き、そして蒼ざめた。従来のプロペラ機とは全く次元の異なるスピードで襲いかかり、たちまち僚機を血祭りに上げたからだ。

しかし、航続時間の短さが災いし、その戦果は極めて少なかった。

 

 
アレキサンダー・リピッシュ博士が設計した、世界初のロケット戦闘機「Me163コメート」

ロケット燃料は5〜6分で燃え尽きるが、この間に機体は作戦高度まで上昇していて、
狙う敵機に集中的に一撃を浴びせることができた。機体は印象的な無尾翼機だが、
そのほとんどは「燃料タンク」で占められ、非常に扱いづらかったという。



驚異的な速さで飛行する「Me163コメート」

 

●その他にナチスには、夢に終わってしまったが「垂直上昇機」もあった。

この飛行機は「トリープフリューゲル」と呼ばれ、この名前は「推進翼」という意味で、「垂直離着陸機(VTOL)」の先駆であった。「フォッケウルフ社」のクルト・タンクが設計し、3枚の主翼の先端にジェット・エンジンを装備し、垂直に離着陸する仕組みであった。

「フォッケウルフ社」は、この斬新な機体で超音速を狙っていたという。

 


クルト・タンク博士

1931年から1945年まで、ドイツの
「フォッケウルフ社」の設計部門を指揮し、
「Fw190」をはじめ、第二次世界大戦に
おける重要な航空機を設計した


 
「フォッケウルフ社」の「トリープフリューゲル」(想像図)

「VTOL」の先駆となった幻の兵器である

 

●また、「フォッケウルフ社」が計画していた「垂直離着陸機(VTOL)」には、下のような機体もあった。

 



円盤型の機体の中央部には大きな穴が開いていて、そこに大きな
二重反転リフトファンを装備。これにより揚力を得て、機体後方に配された
ジェットノズルからのアフターバーナーにより前進力を得る設計になっていた。

 

●大戦中、これらの異様な形をした飛行機(実験機)が、間違って「空飛ぶ円盤」と認識された可能性がある。当時はジェット機やロケット・エンジンがまだ一般に普及していなかった時代である。ものすごい速度で飛ぶドイツ戦闘機を目撃して、度肝を抜かれた人は多くいたであろう。

 

 
世界初の実用ジェット戦闘機として実戦に投入された「Me262」

時速800キロ以上のスピードとその上昇能力によって、
当時のどんな飛行機より遥かに優れていた

 

●ちなみに、上で紹介したアレキサンダー・リピッシュ博士は、戦後(1947年)、

「ペーパークリップ作戦」で渡米し、米海軍の研究機関に加わった。その後、1950年に米海軍を離れ、「コリンズ社」の航空研究部門に就職、そこで「エアロダイン」と名付けた奇妙な飛行体を提案した。

「エアロダイン」は大きな樽のような胴体に尾翼を付けただけの全く主翼を持たない形態で、ダクト内のプロペラの気流を下に向けて垂直に離着陸し、胴体に働く揚力で水平飛行する飛行体であった。

 

 
(左)「エアロダイン」のモデルの前に立つリピッシュ博士(1958年)

「エアロダイン」は尾翼のみ付いた樽型の異様なスタイルながら、
リピッシュ博士は、これこそが在来型の飛行機に置き換わる
将来の飛行機と考えていた。しかし計画のみに終わる。

 
(左)デルタ翼機「DM1」の小型模型を手にするリピッシュ博士
(右)彼が設計したアメリカ空軍初となるデルタ翼ジェット機「XF-92」

※ ちなみに、リピッシュ博士が開発したデルタ翼機「DM1」は、
戦後、アメリカへ輸送され、「風洞実験」などによる徹底的な
調査を受けた(「全米航空諮問委員会(NACA)」は、
「デルタ翼」が基本的に高速の航空機に適した
形態であることを確認したのである)。

 

●もう1人、上で紹介した「フォッケウルフ社」の主任技師だったクルト・タンクは、

戦後(1947年)、62名の同僚らとともに、ペドロ・マティエスという偽名のパスポートを持ちスイス経由で南米アルゼンチンに入国。コルドバに住み、航空技術研究所の責任者となって、ついにはアルゼンチン初ジェット戦闘機「プルキー2型」(プルキーは「弓矢」の意)を誕生させた(1951年)。

この「プルキー2型」を製造したのが、コルドバの「ペロン工場」だった。

1955年にペロン大統領が権力の座から降りると、かつての「フォッケウルフ・チーム」は離散し、その多くはアメリカ合衆国へ移った。クルト・タンクはインドに渡り、インドで初めて製造された軍用機となる「HF24 マルート」をヒンドスタン航空のために設計した。

その後、彼はベルリンに戻り、ドイツを本拠として残りの人生を送った。

 


↑フォッケウルフ「Ta183」

このクルト・タンクが大戦中に開発していた
ジェット戦闘機は、実戦には間に合わなかったが、
「T字尾翼」を採用するなど、先進的な設計で、
戦後のソ連軍戦闘機「MiG15」に大きな
影響を与えたことで知られている。


アルゼンチンの独裁者だったペロン(右から2人目)と
ドイツの科学者たち。ペロンはヒトラーの崇拝者であり、
ナチ残党の南米での受け入れに果たした役割は大きかった。

 
(左)アルゼンチン初のジェット戦闘機「プルキー2型」
(右)ドイツ空軍のエースパイロット、アドルフ・ガーランド中将

「プルキー2型」は、元同僚らとともにクルト・タンクが設計した。
(大戦中に開発していた「Ta183」がベースになっている)。

※ ドイツ空軍のエースパイロットだったアドルフ・ガーランド
中将は戦後、クルト・タンクの「フォッケウルフ・チーム」に
呼ばれてアルゼンチンに入国。「アルゼンチン空軍」の
創設に携わり、多くのジェット・パイロットを育成し、
アルゼンチンの航空工業の発展に寄与した。

 

 


 

■■■第2章:「UFO」は「軍事用語」である


●ところで、「UFO」に対して皆さんはどのようなイメージを抱いているだろうか? 

ある種のロマンを感じているだろうか? 地球外文明の乗り物だと思っているだろうか?

それとも、UFOには全く興味がないし、UFOなんて幼稚な人間が考える「空想の産物」だと思っているだろうか?

その他、様々な意見があると思うが、いずれにせよ、日本ではUFOに対して否定的な見解を持つ人が圧倒的に多いような気がする。


頭のいい人ほどUFOを否定するのであろうか……?

この件に関して、興味深い統計がある。

これはIQ(知能指数)148以上の人だけが加盟できる「メンサ・インターナショナル」(世界天才クラブ)のフランス支部が実施したUFOに関するアンケートの結果だが、それによると、

◆UFOの実在を信じる……………93%
◆UFOの現象を調査したい………76%
◆UFOを目撃した…………………40%
◆UFOに招かれたら乗りたい……46%
◆UFOは地球外文明のもの………52%

となっている。

天才と呼ばれる人々の約90%UFOの実在を信じているのである。

また、アメリカの科学雑誌『インダストリアル・リサーチ&ディベロップメント』が1200人の科学者・技術者を対象に、UFOについてアンケート調査を行ったが、

なんと61%もの人たちがUFOの存在の可能性を認めていることが判明したのである。


●このように、欧米ではインテリ層ほどUFOの存在を認める傾向があるようなのだ。

(断言はできないが、日本では逆の結果になると思う……)。



●ちなみに、「UFO」の正式名称は「Unidentified Flying Object」で、「未確認飛行物体」という意味である。

これはアメリカ軍の公式な「軍事用語」で、1952年にエドワード・ルッペルト大尉が作った造語である。

※ ルッペルト大尉は、アメリカ空軍の公式UFO調査機関である「プロジェクト・ブルーブック」の主任を務めたことで広く知られている(彼はミスター・フライング・ソーサーと呼ばれていた)。

 


エドワード・ルッペルト大尉

アメリカ空軍の公式UFO調査機関である
「プロジェクト・ブルーブック」の主任を務め、
ミスター・フライング・ソーサーと呼ばれていた



アメリカ空軍の公式UFO調査機関
「プロジェクト・ブルーブック」のメンバーたち

 

●この公式UFO調査機関は、1948年から1969年まで活動したが、

最初は「プロジェクト・サイン」(1948年1月〜)と呼ばれ、「グラッジ」(1949年2月〜)、「ブルーブック」(1952年3月〜)と、調査方針が変わるたびに名称も変わった。

「ブルーブック」は、1万2618件の目撃報告を調べ、そのうちの701件「UFO」=「未確認飛行物体」と判定した。

 



↑アメリカ空軍の「公式UFO調査機関」である
「プロジェクト・ブルーブック」は、1万2618件の目撃報告を調べ、
そのうちの701件を「UFO」と判定した。(現在、このUFO調査機関の
 資料は、ワシントンの「国立公文書館」で一般人でも閲覧できる)。

 

●つまり、「UFO」という言葉には

「正体が未確認」という意味しかなく、「宇宙人の乗り物(エイリアン・クラフト)」などという意味はない。

正体が分からない飛行物体は全て「UFO」なのである。


●1980年代にアメリカでUFO目撃情報が相次ぎ、この目撃情報を調査したMIT(マセチューセッツ工科大学)のマイケル・ゴードン博士が調査した結果、当時まだ非公開だった「F-117」(ステルス戦闘機)の試験飛行航路とUFO目撃情報を照らし合わすと、見事に一致したという話がある。

つまりステルス機も一時期は「UFO」だったのである。

 

 
航空機としては異様な形態を持つステルス戦闘機「F-117」

1988年に一般公開されるまでその存在は「極秘」だった

 

●このステルス機を開発したチーフ・エンジニアのアラン・ブラウン博士は、こう断言している。

UFOなど存在しません。UFOの写真など、たった一言で説明がつきます。

これがUFOだという写真は、ナベのフタを撮影したものと変わりませんよ。UFOとは全てアメリカ空軍の戦闘機なんですから

 


アラン・ブラウン博士

ステルス戦闘機「F-117」を
開発したチーフ・エンジニア

 

●ところで、先のルッペルト大尉は、1953年に「プロジェクト・ブルーブック」を去ったあと、

『未確認飛行物体に関する報告』(1956年)という本を個人の著作として公刊したが、この本は、「UFO=ナチス兵器」説の起源になったとも言われている。

この本の中には、次のような記述がある。

「本書は、未確認飛行物体(UFO)に関するものである。この魅力的なテーマについて全て事実を、軍人・民間人を問わず、初めて一つの文書にまとめたものである。実際のところ、本書は書籍というよりは報告書といった内容である。本書は一般の書籍と同じ形態をとっているが、それ以外の点は、私が空軍のUFO研究プロジェクト、プロジェクト・ブルーブックの機関長を務めていたときの、公式の記述方法で書かれている。 〈中略〉

本書の報告は事実──全ての事実──に基づいている(重要でない点は省いているが)ということを、断言しておく。私は十分に時間をかけて、この報告を執筆した。正確に記述しなければならないからである。」


「第二次世界大戦の終結時、ドイツ人たちはいくつかの革命的なタイプの航空機や誘導式ミサイルの開発段階にあった。計画の大半はほぼ準備段階であったが、UFO目撃者らの報告した物体の飛行が可能なものはそれのみしか知られていない。

連合国同様、ソ連も戦後にドイツの最新技術の完全な形のデータを入手していた。これにより、ソ連がドイツの草案を非常に発展させたという噂が立ち、少なからぬ警戒を呼び起こした。」

 

 
(右)はエドワード・ルッペルト大尉が書いた
『未確認飛行物体に関する報告』(1956年)。
この本は欧米のUFO研究団体の推薦図書に
必ず入っている古典中の古典であるという。

※ このルッペルト大尉は、この本を公刊した
 4年後(1960年)に、37歳の若さで亡くなった。

 

●またルッペルト大尉は、この本の中で

アメリカ空軍のUFO研究に関わっていた人たちの中に「地球外仮説」を支持しているメンバーが、かなりの数存在していたことを紹介している。


また次のような「事実」も紹介している。

※ どこまで本当なのか分からないが、参考までに紹介しておきたい↓

 

◆アメリカ陸軍は、UFOの撮影を意図した観測計画で、三角測量を成功させ、UFOのサイズや高度の測定を行っていた。

◆「ADC(防空コマンド)」がUFOの研究に積極的に動いていた。

◆アメリカ空軍が、UFOの分光観測を計画し特殊カメラを製作していた。

◆レーダーおよび肉眼による同時UFO観測事例が多数存在していた。

◆ソ連機の侵入を監視していた地上監視部隊が何度もUFOを観測していた。

◆数千時間の飛行時間をもつ旅客機のパイロットたちの多くがUFOに遭遇していた。

◆UFOが、迎撃に上がった戦闘機をからかうような行動を何度も行っていた。

◆東京湾上空でもUFOはアメリカ戦闘機に対して挑発行動をとっていた。

◆アメリカ空軍の「航空技術情報センター」所属の少佐が、UFOの機動が知的に制御されたものであることを明らかにした研究報告を提出していた。

◆UFO観測と「放射線」の増加に明確な関係が見られた事例があった。(原子力関係の科学者が設置した放射線検出器の近くでUFOが報告されたとき、必ず「放射線」が検出された)。

◆報道管制が行われている共産圏でもUFOの目撃が多発し、その噂が広まったため、沈静化させるためにソ連やルーマニアがUFO批判報道を行った。

◆ドイツ・ロケット工学の父であるヘルマン・オーベルト博士、V2ロケット主任設計技師ウォルター・リーデル博士、航空力学者モーリス・ビオ博士が、UFOの「地球外仮説」を支持していた。

 


●ちなみに機密扱いだった「プロジェクト・ブルーブック」の資料は、

1976年、「情報公開法(FOIA)」によって機密解除され、現在ではワシントンの「国立公文書館」で読むことができる。

幸運なことに、インターネットが発達した現在は、下のサイトでも閲覧可能である。


Project Blue Book Archive
http://www.bluebookarchive.org/

PROJECT BLUE BOOK RESEARCH CENTER
http://www.nicap.org/bluebook/blue.htm

↑このサイトでは、アメリカ空軍の「公式UFO調査機関」である
「プロジェクト・ブルーブック」に関する情報、論文が多数掲載されている。

非常に参考になるので、おヒマな方は訪れてみて下さい。

 

 


 

■■■第3章:ナチスの「UFO」に関する様々な情報


さて、この章では、代表的な(?)ナチスの「UFO」に関する情報(目撃談や証言)を

簡単に列挙しておきたいと思うが、“参考”程度に読んで下さい。

「その1」から「その7」まであります)。

↓↓↓

 

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■■その1:「フーファイター」事件


●第二次世界大戦の末期、ドイツ上空に無気味な光を放つ小型の飛行物体が頻繁に出現した。

典型的な目撃ケースは、1944年11月23日午後10時すぎ、ドイツ、ライン川の上空で発生した事件である。

アメリカ第415野戦戦闘機中隊パイロットのエドワード・シュルター大尉は、編隊を組み、超スピードで飛行する8〜10個の火球に遭遇した。さらに、同中隊は11月27日、また12月22日、24日と相次いで同様の火球を目撃した。


●この小型の物体は赤やオレンジ、白と様々に変光したり、突然消えたかと思うと現れたり、あるいはまたビーズ玉が空中にぶらさがっているかのごとく滞空したりした。

パイロットたちは、単体や集団で出現するこれらの怪物体を、ナチスが開発した「フーファイター」(炎の戦闘機)と呼んで恐れおののいたという。

 

 

 
第二次世界大戦の末期、ドイツ上空で連合軍のパイロットたちに頻繁に 
目撃された「フーファイター」(炎の戦闘機)と呼ばれる奇妙な光球の写真

ナチスが開発した「秘密兵器」だと噂され、兵士たちを恐れさせたという

 

●当初、アメリカ軍ではパイロットたちが長く続く戦闘で視神経をやられ、幻覚を見たのではないかと考えた。

が、同様の報告が1ヶ月以上にわたって数多く寄せられるにおよび、慎重に検討せざるをえなくなった。

そして、これはナチスの「秘密兵器」ではないかという結論に至ったという。あの「V兵器」を開発したナチスのことだから、当然ありうるだろうという判断だったという。


●事件をかぎつけたマスコミは、これを大々的に報じた。

例えばイギリスの『サウスウェールズ・アーガス』紙(1944年12月13日付)は、次のように記している。

ドイツ秘密兵器を生みだした。これは明らかに防空上の兵器だ。クリスマスツリーに飾るミラーボールそっくりのこの兵器を、ドイツは単体もしくは集団で空中に浮遊させている。色は透明感のある銀色だ……」


一方、『ニューヨーク・ヘラルド・トリピューン』紙(1945年1月2日付)も

「この怪飛行物体フーファイターと呼ばれており、ナチスがドイツ上空に出現させた新兵器だ」と報じた。

 

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■■その2:「青い煙」事件


1945年3月アメリカ軍爆撃機12機がドイツ上空で撃墜された。しかし、普通の撃墜のされ方ではなかった。

元イタリア空軍技術情報部の責任者であったレナト・ヴェスコは、その著『インターセプト・バット ドント・シュート』の中でこの撃墜についてふれている。

「翼や方向舵のない円盤型ドイツ戦闘機が突然、アメリカの爆撃機に近づき、彼らの飛行路の前をものすごいスピードで通過した。

通過した時、それは『青い煙』を数度発射した。

数秒後、アメリカの爆撃機火を噴き始め、次々と空中で爆発した。この時、ドイツの戦闘機はすでに地平線のかなたに消えていた。

空飛ぶ砦と呼ばれるアメリカ軍の爆撃機と超最新の要撃機の戦闘(もしこれがそう呼ばれるものならば)は、ヴルテンベルグ上空で起こった。爆撃機は主力グループから別れ、南バヴァリアへ向っているところだった。」

 


レナト・ヴェスコの本

 

●科学関係の作家として知られているアメリカ人ブライアン・フォードは、著書『ドイツ秘密兵器』の中で、

「確かにナチス・ドイツ円盤型の飛行機の製作では見るべきものがあった。

しかし、これらはドイツが連合軍に占領される前に破壊されてしまった」と記している。

 

 
(左)ブライアン・フォード
(右)彼の著書『ドイツ秘密兵器』

 


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■■その3:元ナチスの科学者アンドレア・エップの証言


かつてドイツで円盤開発に従事していたという元ナチスの科学者が今も生きている。アンドレア・エップである。

彼は初期タイプの円盤を開発し、自らそのプロトタイプの設計にも携わっていたという。

 


ナチスの科学者だった
アンドレア・エップ

 

以下は1994年頃に行われたインタビュー記事からの抜粋である。


◆ ◆ ◆


■Q: 「あなたが、円盤の開発に関わったときのことを、話して欲しい」

■A: 「私は、当時空軍大学を卒業して、士官学校の教官をしていた。あれは……1936年だったと思う。ドイツで大きなオリンピックが開催された。そのとき、ハンナ・ライチュという女性パイロットが、ベルリンで初めてヘリコプターを操縦して、デモンストレーションした。それを見ていて、ヘリコプターのローターが回転するとき、もしそれがどこかに当たったら、ヘリコプターはすぐに墜落してしまう、と感じた」

 

  
(左)1936年6月に、世界初の完全なる回転翼飛行に成功した「フォッケウルフFw61」
(中央)ベルリンのドイツ会館で、ハンナ・ライチュが成功させたヘリコプターの屋内飛行の様子
(右)彼女の著書『私は大空に生きる 〜鉄十字章に輝く女性パイロットの手記〜』(白金書房)

ヒトラーお気に入りのテストパイロットだったハンナ・ライチュは、女性初のヘリコプター、
ロケット戦闘機、ジェット戦闘機搭乗者として知られる。戦後は高度飛行記録を含む数々の
女性世界記録を塗り替え、「第1回世界ヘリコプター大会」の女性部門で1位に輝いた。

 
「ドーベルホフWNF342V4」。回転翼の先端に小型ジェットを装備した
世界初の「ジェット推進ヘリコプター」である。ドイツ海軍が潜水艦
搭載用として興味を示し、テスト飛行に成功した。

 
(左)「フォッケ・アハゲリスFa223」 (右)「フレットナーFl282」

大戦中実用されたヘリは世界でもこの2種のみである。

ドイツでは戦前からヘリコプターの研究、試作が行われていて、
この分野でも世界をリードしていた。ドイツ敗戦当時に、残存していた
「Fa223」、「Fl282」は連合国の航空関係者にとって大きな関心をひき、
実機、設計資料などを没収し、本国に持ち運んでヘリコプター開発の
貴重なベース資料とした。その意味で今日のヘリコプターの目覚
ましい発展は、「ドイツの技術遺産」抜きには語れない。

 

■Q: 「ヘリコプター?」

■A: 「ええ。それで、ヘリコプターの回転翼を円盤の中に入れてしまう、というアイデアを私は思いついた。つまり、大きな円盤型の機体の中にたくさんの小さなプロペラを装備して、これをコントロールすることで、上昇と水平飛行を行えるように、設計したのである。

当時、ヒトラー総統の指令のもとに、ゲーリング空軍相が責任者となって、新兵器の開発が急がれていた。私のこの円盤型飛行機も、そのプロジェクトに採用されたのである」

■Q: 「それは、どのような推進力で飛ぶのか?」

■A: 「当初は、8基のガソリンエンジンだった。一つずつが2.4馬力あって、円盤の大きさや、積載重量に応じて、このエンジンの数は、変わってくる。私は、とりあえずその模型をつくったのだが、直径2.2mのものであった」

 

 
アンドレア・エップが考案した円盤型飛行機の実験モデル「オメガ・ディスク」

8基のガソリンエンジンで上昇し、大きなプロペラで姿勢制御するという

 

■Q: 「これは、実際に飛んだのか?」

■A: 「ええ、実際に飛ばしてみた。ドイツのV1、V2ロケットをつくっていたぺーネミュンデの工場跡地と、オーストリアのプラハにあるベル飛行場というところで実験した。製作したのはスコーダーという工場で、BMWをはじめとする、いくつかの会社が協力してつくった」

■Q: 「それは実用化されるところまで、いったのか?」

■A: 「ええ、実用化とまではいかなかったが、私の後継者たちがつくった直径42mの円盤は、グリーンランドまでテスト飛行をした」

■Q: 「42m……というと、相当な大きさだが、どのくらいのスピードで飛んだのか?」

■A: 「私の計算では、時速2000キロだった」

■Q: 「どうして、そのような高速が得られたのか?」

■A: 「そのころにはもう、ジェット噴射方式が採用されていたからである。この方式だと、機体の前方から、強力に空気を吸いこむので、機体の周囲が真空状態になるため、前へ前へとスピードアップすることができるのである。当時、通常の飛行機の前面に穴を開け、空気を吸いこむようにした、ごく原始的な方法で行った実験があったが、それでも速度は1.5倍になったという報告があった」

■Q: 「すると、シュリーバー・ハーバーモール型とか、ベルーゾ・ミーテ型といった円盤と同じもののように感じるが」

■A: 「いやまさに、それそのものである。私の初期のアイデアを利用して、彼らが次々に新型機を開発していったわけである。が、私はプロジェクトから外されてしまった……」

■Q: 「えっ、それはなぜか?」

■A: 「じつは、私は、自分が開発したこの円盤型飛行機が、戦争に利用されそうになったことに、反対したからである。私は、ドイツ空軍の士官ではあったが、戦争には反対していた。そしてあるとき、軍の上司から、お前の同僚で戦争に反対している者の名前を書けといわれたのである。私は、自分の仲間の名前を、とても書くことができなかった。

そこで、若気のいたりだろうか、自殺を図ったのである。自分でピストルを構えて、自分の心臓を撃ったのだが、弾は心臓の心室と心室のあいだを貫通してしまった。もしこれが、心室の中に入っていれば、私は死んでいたはずである」

■Q: 「……その後、どうなったのか?」

■A: 「そのあと、軍から5年間の刑務所行きを、いい渡された。ヒトラーの言では、自殺行為を図ったということは、軍に反抗したという罪になり、本来は死刑になるところだったのである。

このことがあったせいで、私が初めに考え、設計した円盤の設計図やアイデアは、取りあげられてしまった。その後、私のアイデアは、シュリーバーやハーバーモール、ベルーゾ、ミーテといった科学者たちに受け継がれて、発展したのである」

■Q: 「なるほど……。ところで先に、グリーンランドヘ直径42mの円盤がテストフライトした、と言ったが、その円盤はどうなったのか?」

■A: 「それは当初、パイロットによってグリーンランドへ飛行し、帰りには、無人のリモートコントロールで飛行してくるという計画だった。ところが残念なことに、エンジンにトラブルがあり、不時着して、壊れてしまったのである。戦後、アメリカのペンタゴン(国防総省)が発表したところによると、グリーンランドで、この大きな円盤の残骸を見つけた、ということだ。米軍はこれをモデルに、円盤の開発をひそかにはじめた、と聞いている」

■Q: 「あなたは、戦後、米軍に連れていかれなかったのか?」

■A: 「私はそのころ、イタリアに送られていた。そして、イタリアが解放されたあと、オートバイでオーストリアを経由して、ドイツに帰ってきた。そして、ルクセンブルクの近くで、アメリカ兵に捕まってしまった。

そのあと実際に拘置所に入れられたのは7日間だけで、それから呼びだされて、ミュンヘンの北のほうにある、フライジングという町の“インテリジェンスセンター”に送られた。このインテリジェンスセンターというのは、アメリカ人の中でも、頭のいい連中ばかりが集められるところだった。私はそこではゲスト扱いで、大変いい待遇を受けた」

■Q: 「アメリカ人から尋問を受けなかったのか?」

■A: 「もちろん、そこではいろいろな尋問を受けた。しかし、私は、自分の経歴や、してきた仕事については、ひととおり話はしたが、円盤のことについては、一切触れないようにした。

戦争に反対したために、収容所送りになった人間とはいえ、私はやはりドイツ人であり、ドイツ国家の軍人だったわけである。その私が、自分の祖国を裏切るようなことをできるわけがない。戦争に敗れたとはいえ、私は自分の魂まで売るつもりはなかったのである」

■Q: 「円盤に携わった科学者たちは、終戦後、どこへ行ってしまったのか?」

■A: 「ハーバーモールは、真っ先に、ベルリンに進駐してきたソビエト軍によって、家族もろとも連れ去られた。その後、風の便りで聞くところによると、ロシアでその後も円盤の開発に従事させられた、ということである。が、それが成功するにいたったかどうかは、わからない。

シュリーバーは、一時カナダへ連れていかれ、そこで研究開発を続けていたようだが、最後はドイツに帰ってきて、ブレーマーハーフェンというところで、5年前に亡くなった」

 

 
(左)ビクター・ショーバーガー (右)彼が開発した装置

 

■Q: 「ビクター・ショーバーガーという科学者は、どうなったのか?」

■A: 「彼は、『インプロージョン・エンジン』という、爆縮型エンジンを開発したことで知られている。ショーバーガーは「ペーパークリップ作戦」の名のもと、アメリカに連れていかれ、その後『インプロージョン・エンジン』を公開したとたん、シカゴで何者かに殺されてしまった、という話だ」

■Q: 「殺された?……ショーバーガーが開発した『インプロージョン・エンジン』というのは、いったいどういうものだったのか?」

■A: 「詳しいことは私にもわからないが、熱を利用する“熱エンジン”とでもいうべきもので、エンジン内で燃料ガスを爆発させるのではなく、熱の高低差を利用して、空中にある空気と水を吸いこんでいく、というものだったようである。だが、私にはそれ以上のことはわからない……」

■Q: 「この円盤開発に、日本人の科学者も関わっていた、と言われているが、そのへんのことについて何か知っているか?」

■A: 「そういう噂も聞いたことがあるが、私は、収容所に入れられて以来、この円盤開発のプロジェクトから外されていたので、そのへんのことはよくわからない。

日本といえば……、あの当時、日本が真珠湾攻撃をしかけたというニュースを聞いて、私はもうだめだ、と思った記憶がある」

■Q: 「えっ、なぜ真珠湾攻撃が……?」

■A: 「あの頃、私たちドイツ軍士官の間では、アメリカがこの戦争に乗り出さなければ、我々は勝てるという自信があった。ところが、日本が真珠湾に奇襲をかけたとなると、当然、アメリカが参戦してくる。

私たち空軍士官の仲間たちは、これで全ては終わった、と顔を見合わせたものである」


〈後略〉

 

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■■その4:「フリューゲラート・シリーズ」の円盤開発


●世界各国の軍事兵器に詳しい渓由葵夫氏は、著書『奇想天外兵器番付・東』(新紀元社)の中で、

ナチスの円盤に関して次のように書いている。

参考までに紹介しておきたい。

 


『奇想天外兵器番付・東』渓由葵夫著(新紀元社)

第二次世界大戦中に考え出された数々の
奇想天外な兵器が紹介されている。
ナチス製円盤も紹介されている。

 

ドイツにおいて『空飛ぶ円盤』というコンセプトは、あくまで合理性という観点から進められた。

どこかの国のように、やれ『宇宙人だ、宇宙人だ』で、学問も仕事も社会生活も、はたまた人生そのモノもワープで済ましてしまう人たちとは違うことを強調しておこう。」


「ナチスの『空飛ぶ円盤』は反重力や反物質で動くのではなく、巨大なローター回転させて飛ぶ『オートジャイロ』なのだ。もちろん、のちに実用化されたヘリコプターのルーツでもある。

ヘリは一体化したかに見える円盤のローター部と本体を切り離し、2〜4枚とシンプル化したローターの回転スピードを上げて浮力を得ようと発想を変えたシロモノに過ぎない。今日の『AH-64アパッチ』などのジェットヘリを見るにつけ、飛び方については、むしろ“先祖返り”しているように思われる。つまり、はじめに円盤ありきという視点に立てば、ということだ。」


「フォッケウルフの珍機『トリープフリューゲル』なども、正確な分類によれば、『円盤族』の仲間となる。そして、すべての円盤の根源的な発想は、一にも二にも『VTOL(垂直離着陸機)』であることは言を待たない。

それら大量の研究資料が、戦後戦勝国の手によって流出し、様々な憶測が憶測を生んで今日にいたっている。」

 


4つの車輪が特徴的な「フリューゲラート・タイプ1」

機体下部に「BMW 003A-0 ジェット・エンジン」を搭載。
円盤外縁部はファンの機能を果たし、ジェット・エンジンの排気を
斜め上方へ噴射することによってファンを回転させ、揚力を得たという。

 

●さらに彼は次のように書いている。

ナチスの円盤で、主に研究に携わったのはBMWである。『フリューゲラート・タイプ1』は、直径6m円盤の真ん中に搭乗員が座り、機体下部に『BMW 003A-0 ジェット・エンジン』をレイアウトしたものだった。重量は3トン。円盤外縁部はファンの機能を果たし、ジェット・エンジンの排気を斜め上方へ噴射することによってファンを回転させ、揚力を得ようとした。

そのため機体分類は『オートジャイロ』としている。ジェット・エンジンを挟むような格好で左右に4つの車輪を固定輪としてレイアウトされている。」


「フリューゲラート・シリーズの円盤は、『飛行テストに成功した』という記述がそこかしこに見られる。しかし、飛行を証明する物的証拠は皆無に近く、証言はあくまで『生存する関係者の』とただし書きが付く。

例えば、BMWでは1943年8月から『開発プランに着手した』と記録にはあり、おそらく当時の開発関係者の証言と考えられる。『飛行テストに成功』という記述もあり、上記レベルであればローターシステムに疑問は残るものの、エンジンは空力的にも無理なく作動しそうなので、あるいは飛んだのかもしれない。」


「この円盤の最終段階である『フリューゲラート・タイプ3』は、完全に実用化を目指した巨大な円盤になる予定だった。まず直径であるが、これがなんと24m。重量も40トンと一気に大型化した。これだけの重量とサイズを浮かせるエンジンは、いまだ開発途上の『ハインケル HeS011 ジェット・エンジン』をまず想定し、さらには計画中の『BMW 018 ジェット・エンジン』を搭載する予定だった。 〈中略〉

この機体の主たる目的は『戦略偵察』で、視界の広い下部コクピットから下方および地上を見ることができる。エンジン出力の増大にともない、大きくなった機体中央部(回転しない部分)には充分なペイロードがあることから、やがては爆撃機への転用が可能だった。」

 

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■■その5:FBIの極秘資料 ─ 「V-7」目撃談


●1978年9月、「情報公開法(FOIA)」のもとに、これまで極秘にされていた資料が公にされたが、その中にはナチスの円盤に関する情報も含まれていた。


●そのひとつに、1952年8月1日付のFBIによる「テレタイプ・メモ」がある。

これは、1940年にドイツの10番目の秘密工場で働いていたという男の証言が記されたものである。

彼は工場で開発された円盤型機テスト飛行に立ち会ったが、その機体は2万mの上空を時速1700キロの猛スピードで飛んだというのである。さらに、それは「V-7」と呼ばれていたことも明かしている。

 

 
ナチスの円盤型機(ハウニブ)は「V-7」と呼ばれていたという

 

●その他にも、同じFBIが法務局に宛てた1957年11月7日付の文書にも、

実際に「V-7」を目撃したと思われる人物の証言が記録されている。


●その男は1942年5月、捕虜としてポーランドからドイツ、ベルリンの東にある「ガット・アルト・ゴルセン強制収容所」に送り込まれたデミトリ・ミシャラク(仮名)で、

彼が奇妙な体験をしたのは1944年の夏のことだったという。

ある日、いつものように干し草の刈り取り作業をしていると、沼地を抜ける道路上で突然、トラクターのエンジンが停止してしまった。この直後、奇妙なノイズがどこからともなく聞こえてきた。それはまるで大型の発電機から発せられる音のようだったという。

すると、緊張した顔つきのSS(ナチス親衛隊)の警備兵が現れ、トラクターの運転手に何かを告げ、それから5〜10分後、ノイズが止むと同時にトラクターのエンジンも回復したという。

 


ルーン文字で表記した
SS(ナチス親衛隊)のマーク

 

●この奇怪な出来事から約3時間後、沼地から少し離れたところで作業をしていたミシャラクは、

荒れ地の一角の円形の塀から、突如、黒灰色の怪物体が出現し、ゆっくりと垂直に上昇し始めるのを目撃。

この怪物体は地平線に向かって移動していったが、やがて立ち木に遮られて視界から消えてしまったという。

彼は約150mの距離からこの光景を目撃したというが、物体は円盤型で、直径7〜9m、高さは4mくらい。上下それぞれに1.5mのふくらみがあり、中央部分がその周縁部もろとも高速回転していたという。

例のノイズが聞こえてきたが、先ほどの音よりは遥かに低く、傍らのトラクターのエンジンがまたもや停止してしまったが、運転手はあらかじめ予期していたらしく、ノイズが止むまで静かに待機していたという。怪物体が遠ざかり、ノイズが聞こえなくなると、エンジンは正常に戻ったという。

 


「V-7」の想像図(あくまでも想像図です)

 


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■■その6:ボヘミアにあった「V-7」の実験場「ヤグドシュロス」


●かつて、民間最大のUFO研究団体だった「NICAP(全米空中現象調査委員会)」の主宰者ドナルド・キーホー大佐は、ボヘミアに多数の「V-7」実験場跡があり、

そのひとつが、森の中にある古城を利用してつくられた「ヤグドシュロス」と呼ばれる実験場だと指摘している。

 


ドナルド・キーホー大佐

民間最大のUFO研究団体である
「NICAP」の会長を務めた

 

1944年当時、そこはSS(ナチス親衛隊)の管轄下にあり、

村人たちには立入禁止区域になっていたが、そこから8キロ先にある村に「黄金の牛」という名の宿があったという。

この宿へは、SSの高官たちが「ヤグドシュロス」ヘの行き来の途中、食事を兼ねてしばしば立ち寄っていた。が、奇妙なことに、彼らは必ず大きめのブリーフケースを所持しており、しかもこのケースは持ち主の左手首に鎖でしっかりとつないであったという。

また、彼らは歓談中、何かが飛んでいる様を表すかのように空中で激しく手を動かしたり、あるいは「飛ぶ」とか「空中に浮かぶ」「上昇」といった言葉を連発していたという。


●ある日のこと。彼らは宿の主人に古い皿を持ってこさせた。

そして裏庭に出て、それを次々に放り投げながら、その飛び方について熱心に討論していたという。

そして皿を全部投げ終わると、代金だといって、必要以上のお金を支払って立ち去ったという。

 


SS(ナチス親衛隊)の隊員たち

 

●そんな中で、ある晩、村人たちの度肝を抜かせるような出来事が起こった。

その夜、奇妙な音を聞いた住人たちは、大騒ぎで外に飛びだした。

そして彼らが見たものは、「ヤグドシュロス」の上空に浮かぶ光り輝く物体だったという。以後、この円盤型の飛行物体はしばしば出現し、上下に飛んだり、急旋回を操り返していたという。

この「ヤグドシュロス」は、以前から資材を運搬するナチスの車両が頻繁に出入りしていたとのことだ。

 

 
ナチスの円盤型試作機「フライング・ハット」のモデル(無人機)

 


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■■その7:「ケネス・アーノルド」事件(1947年6月24日)


●戦後まもない1947年6月24日、アイダホ州ボイスに住む実業家ケネス・アーノルド

自家用機でワシントン州のチヘリス空港を飛び立ち、レイニア山付近を飛行中に、怪物体に遭遇した。

突然、アーノルドの視界に反射光が走り、驚いたアーノルドは風防ガラス越しに周囲を見回した。そして左方上空に9機の飛行編隊を見た。それは非常な速さで飛行しており、推定速度はおよそ2700キロという猛スピードであった。

速度もさることながら、何よりも驚いたのは、その飛び方であった。

アーノルドは、物体の飛行を「コーヒーカップの受け皿(ソーサー)水を切るように飛んでいた」と表現した。

 

 
アメリカ人実業家ケネス・アーノルド

戦後まもない1947年6月24日に、自家用機で
飛行中、謎の飛行物体に遭遇。彼の体験談は
「空飛ぶ円盤」という言葉を生み出した。

 

9機の怪物体は南の方向へと飛び去り、やがて視界から消えた。

発見から見失うまでの時間は、約3分。あっという間の出来事であった。

アーノルドの体験は、翌25日にはオレゴン州で、26日には全国で新聞報道され、一気に知れ渡ることになる


●やがてマスコミはアーノルドが見た飛行物体を「フライング・ソーサー」と呼び始めた。

軍部の「フライング・ディスク」という表現の影響もあったのか、飛行物体の飛び方の形容であった「ソーサー」が形状の表現として使われるようになったのである。

「フライング・ソーサー」を日本語に訳せば、「空飛ぶコーヒーカップの受け皿」で、ここから「空飛ぶ円盤」という名称が生まれた。

 


目撃した飛行物体のイラストを
見せるケネス・アーノルド

 

●しかし、アーノルドが目撃した飛行物体は、円盤の形をしてはいなかった。三日月の形をしていたのである。

これは重要な点である。

なぜならば、アーノルドが目撃した飛行物体はナチスが開発していた三日月型の飛行機に酷似しているからである。

アーノルドはナチス製の飛行機(戦後アメリカが回収した?)を目撃した可能性が高いといえる。

 


ケネス・アーノルドの著書に
掲載された飛行物体のイラスト

これを見れば分かるように、
彼が目撃した飛行物体は「円盤」
ではなく、「三日月」の形をしていた



↑ナチスが開発していた三日月型の試作機

ケネス・アーノルドが目撃した三日月型の
飛行物体とよく似ていることが分かるだろう

 

●ところで、興味深いことに、「空飛ぶ円盤」という言葉を世の中に広めることに貢献したアーノルドは、

その後1962年に共和党からコロラド州知事として立候補している。さらにはアイゼンハワー大統領と握手している写真まで残っている。

彼が何の功績を買われてこのような引き立てを得るに至ったのか?

謎は深まるばかりである。

 

 


 

── 以上で、ナチスの「UFO」に関する情報の紹介は終了です ──

 


 

■■■第4章:「UFO問題」とアメリカの関係


●上の章で代表的な(?)ナチスの「UFO」に関する情報を簡単に列挙してみたが、いかがだろうか?

もちろん、全ての情報が正しいとは限らないので、結論は急がないほうがいいだろう。

この分野は、あせらずゆっくり研究していきたい。

 

 
オーストリア人技師のパウル・バウムゲールトルが、1941年に
開発した「背負い式ヘリコプター」。アルグスAs8エンジン(8馬力)に
2翔ローターが取り付けてあり、これを背負う事によって人間1人
を浮揚させる、いわゆる「ワンマン・ヘリコプター」だった。
(ドイツ空軍のテストを受け、改良型が作られた)。


 
『ドイツ空軍計画機 1945』 パイロンズオフィス[編](光栄)

 

●他にもここでは紹介しなかった「UFO情報」が沢山あるが、

この分野の情報は、かなり錯綜していて、どこまでが真実でどこまでがニセ情報なのか判断しにくい。

わざと間違った情報を流す人間=「情報工作員」がいるから非常にやっかいである。


●例えば、「グレイ陰謀説」というのがある。

頭と目が異常に大きい緑色の小人型生物「グレイ」が、アメリカ政府と密約して我々の地球を侵略しつつあるんだという説である。

1980年代後半から猛威をふるったこのアメリカ発「グレイ陰謀説」は、既に荒唐無稽化しているのは言うまでもないが、興味深いことに、実際に「グレイ」に襲われた被害者の中には、「グレイ」が人間の入った着ぐるみだったとの証言をしている人がいる。もしそれが本当ならば、「グレイ陰謀説」は計算し尽くされた組織的演出だったとの見方が強まる。

インプラント技術をはじめとする民間人を狙った「生体実験」や、「秘密兵器」の開発を隠蔽するのに、アメリカにとって「グレイ陰謀説」ほど好都合なものはないであろう。事実、「グレイ陰謀説」のほとんどは“元アメリカ軍人”と名乗るいかがわしい連中からリークされたものばかりだ。

 



全くの「ウソ話」ならば、誰も最初から相手にしない。
大きなウソの中に「小さな真実」を混入しているからこそ、
「グレイ」にまつわる話は、なかなか立ち消えないといえる。
 アメリカ軍の情報操作(メディア戦略)は単純ではない…。

 

●また、アメリカの有名なUFO研究家、ジョージ・アダムスキーも極めて謎の多い人物である。

彼は1891年ポーランド生まれのユダヤ人であるが(父はポーランド王子、母はエジプト王女の末裔という情報もある)、幼時に父親に連れられてアメリカに移住し、8歳から12歳までチベットの首都ラサに留学。ダライ・ラマの住むポタラ宮で、一種の修道士としてチベットの秘教や東洋哲学を学んでいる。

そして、1930年代にカリフォルニア州ラグナビーチに「ロイヤル・オーダー・オブ・チベット」という団体を設立し、1953年に「異星人」との遭遇体験をまとめた本『空飛ぶ円盤実見記』を発表。

この本は大ベストセラーになった。

 

 

●その後、数多くの支援者に恵まれ、世界的な有名人になったアダムスキーは、

ケネディ大統領とも親交があったと言われているが、ホワイトハウスにもよく出入りしており、海外での講演旅行の際、アダムスキーは特権が付与されたパスポートを使っていたという。

※ アダムスキーは1965年に米国メリーランド州で死去、享年74歳だった。

 

 
(左)アメリカの有名なUFO研究家、ジョージ・アダムスキー
(右)彼が1952年にアメリカのカリフォルニア砂漠で出会ったという
異星人「オーソン」の人物画。ほぼ地球人と変わらない外見で、
白人美女のようだが、実は青年だったという…。


 
彼が1952年に撮影した空飛ぶ円盤の写真。「アダムスキー型円盤」と呼ばれているが、
形状やディテールがあまりにクッキリ写っていて、まるで模型のようであるのは有名。

※ アダムスキーの背後に「チベット・サークル」が存在していたことや、
彼が出会った異星人の容姿が妙に「アーリア人」っぽいということ、
そして彼の目撃した円盤が「ナチス製円盤」にそっくりなのが
非常に気になる。何か裏がありそうだ。現在では彼の
写真も本も創作だったとする説が有力である。


 
(左)映画『地球の静止する日』(1951年制作)
(右)この映画に登場する異星人「クラートゥ」

クラートゥは、地球の「核兵器」について警告を与えに
来た友好的な異星人である。UFO研究家の間では、異星人
「オーソン」の姿(衣装)は、このSF映画に登場する異星人
「クラートゥ」をマネたのではないかと言われている。
(スキーウェアのようなスーツに、幅の太い
 ベルトなど、全く同じである)。

 

●ところで、ナチスのインナー・サークルのメンバーが、大戦中、金髪碧眼のアーリア人そっくりの人間型エイリアンとの交信(チャネリング)を試みていたという情報や、ナチスの科学アカデミー「アーネンエルベ」がアララト山脈を極秘に調査した結果、アーリア人のルーツは火星まで辿れることを突き止めたという“怪情報”などがあるが、あまりにも内容がぶっ飛びすぎているので、これらについては別ファイル「アーリア人と火星の謎」(仮題)の中でまとめて紹介したいと思う(笑)

 

 

●とりあえず、当館では、現在、世界各地で起きているUFO目撃談の多くは、自然現象や飛行機などの「誤認」であると考えている。

もちろん、中には本物の「円盤」を目撃した人もいると思うが、それらの「円盤」の多くは「地球製の円盤」、すなわちアメリカが開発中の「軍事兵器」であると考えている。

もちろん、単なる「憶測」でしかないのだが、可能性として非常に高いと感じている。

 

 


 

■■■第5章:「UFO=アメリカの軍事兵器」説

 


さて、ここから先は、「UFO=アメリカの軍事兵器」説
 考える上で参考になりそうな情報を列挙しておきたい。

もちろん、どう受け取るかは自由です (^-^)/

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 



 
↑アメリカ海軍が開発した「V-173」(1942年11月に初飛行)

その後、この機体を改良した「XF-5U」が開発されたが、
実戦に投入されることなく計画は放棄された。
1957年にノーフォークで一般公開された。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 
↑アメリカ空軍の円盤型試作機「AV-9」(アブロ・カー)

(直径5.48m/2人乗り)



1950年代に、垂直離着陸(VTOL)可能な「超音速機」を開発するため、
アメリカ空軍はカナダの「アブロ社」と契約して「アブロ・カー計画」をスタートさせた。
1953年2月、カナダの『トロント・スターリン』紙は、この計画には、
元ナチスの科学者が関与しているとスクープした。

この計画で作られた円盤型の
試作機の正式名称は「AV-9」と呼ばれ、
1000万ドルの巨額の経費を投入して開発された。
しかし、その仕組みは「ホバー・クラフト」とほぼ同じで、
公開試験では、地上からわずか1.2mしか浮上できなかった。
さらにその計画全体が「アブロ社」倒産によって中止に追い込まれた。

今もって真意が分からない「アブロ・カー計画」に関して、
一部の研究家は、「UFO隠蔽」のために「AV-9」は
ダミーに利用されたと考えているようだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



↑ベルギーで1万人以上の人々によって
目撃されたデルタ(三角)型UFO(1989年)

1989年暮れから始まった目撃事件は、
1990年に入ってからも収まらず、この事態を重く見た
ベルギー空軍が、まぎれもないUFOをとらえたレーダーの映像を含め、
この事件のデータを全て一般公開するという異常事態になった。この種の
事件を否定し、公にしたがらない政府や軍としては、まことに異例
のことであり、UFO事件史上初めてのことであった。

 
↑イギリスで目撃されたデルタ型UFO(1995年)

機体は真っ黒で機体の下部には強烈なライトが配置されていたという。
右は撮影された写真をもとにして描かれたデルタ型UFOの想像図。

 
↑アメリカ海軍の艦上攻撃機A-12「アベンジャー」

完全なデルタ翼を持っていたが、開発は中止されてしまった。
上のベルギーとイギリスで目撃されたデルタ型の
UFOと何か関係がありそうだ…。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 
(上)アリゾナで目撃されたV字型UFO(1997年)は、
ナチスが開発していた「ホルテン H XIII」(下)に似ている


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


  

 
↑1960年代に、アメリカ空軍が極秘に開発したとされる円盤型機

こんなのが上空を飛んでいたら、誰でもUFOだと思ってしまうだろう


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



↑ナチスが開発していた世界初の
超音速ジェット爆撃機「ホルテン XVIII」

6つのジェット・エンジンをつけたこの全翼機は、8000ポンドの
爆弾を積み込んでアメリカとソ連を攻撃する予定であった。
まさにナチス版の「B2爆撃機」である。


  
↑アメリカ空軍が開発したステルス「B2爆撃機」

1機約21億ドルと高価で、現在のアメリカの
ハイテク兵器の象徴である


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




現在、「エイリアン・クラフト」とされる円盤の正体は、地球製の円盤、
すなわちアメリカが開発中の「軍事兵器」である可能性が高い。

「ロズウェル事件」など、一時期、アメリカで騒がれた
「UFO墜落事件」の真相は、軍が極秘に開発中の
「実験機」が引き起こした事故だったと思われる。

もっとも、「エイリアン・クラフト」なるものが、
もし本当にこの世に実在するのであれば、
それはそれで「面白い」と思うが…。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 
(左)米科学雑誌『ポピュラーサイエンス』(1993年3月号)
(右)アメリカ空軍が開発中のスペース・プレーン

「宇宙往還機」といわれるもので、マッハ6前後を
予定しており、極超音速輸送機とロケットの
混合飛行機のようなものであるという

 

  
 
↑この『ポピュラーサイエンス』(1993年3月号)の特集によれば、
アメリカ軍は奇妙な形をした菱形の航空機(右)も開発しているという

 

─ 完 ─

 


 

■■追加情報(おまけ情報)


追加情報です。現在アメリカが開発している「UAV(無人航空機)」を紹介しておきます。

「UAV」(Unmanned Air Vehicle)=遠隔操縦または
高性能コンピュータを搭載し、自律飛行を行う無人の航空機

 

 
アメリカ空軍の無人偵察機「プレデター」

  
垂直離着型の回転翼を持つ無人偵察機「サイファー」

 
(左)「サイファー2」(VT-UAVドラゴンウォーリア)
(右)垂直離着型の無人偵察機「ゴールデン・アイ」

「ゴールデン・アイ」は、内部にダクトファン方式の
プロペラエンジンを搭載。エンジンを始動すると、本体は
スムーズに地上から上空へ浮上し、垂直離着陸を実現する。
離陸後に高度が得られると、ウイングを展開して通常の飛行機の
ように目的地へと移動できるユニークな仕組みになっている。


無人戦闘航空機「X-45B」

 
無人戦闘航空機「X-45C」

  
無人戦闘航空機「X-47A」(この機体は上で紹介した菱形の航空機に似ている)

  
無人戦闘航空機「X-47B」

これらの無人戦闘航空機は「人工知能」と
「GPS」を搭載し、完全な無人での自律飛行が可能。
国防総省防衛高等計画局との共同プロジェクトによる試作機は、
人工衛星からの制御も可能な上に「ステルス機能」まであるという。
(「無人機」のメリットは「有人機」では不可能な高性能化にある)。


↑アメリカのニュース番組で放送された、アメリカ軍が
実験開発中の極超音速試験飛翔体「ファルコン HTV-2」

現在、アメリカ軍は、極超音速で飛ぶ「無人戦闘航空機」に
よって全地球のあらゆる場所を攻撃可能な「ファルコン計画」
を推進している。将来的には、アメリカ本土から約1時間で
 どんな地域へも「無人機」を飛ばせるようになるという。

※ 上で紹介した形以外に、丸みのある三日月型や
円盤型の無人機も開発中なので、将来、世界各地で
 「UFO騒動」が立て続けに起きる可能性が高い…。

 



 

■■追加情報 2: 関連記事(リンク集)


冷戦下で進められていた「空飛ぶ円盤」の開発 [2001.7.5]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20010709301.html


NASA、マッハ10の超音速航空機を開発中 [2001.4.19]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20010420305.html


ロボット戦闘部隊がやってくる [2002.8.30]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20020902301.html


米海軍の未来兵器はリモコンおもちゃそっくり [2002.5.24]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20020529301.html


米海軍、ステルス爆撃機に似た全翼型無人潜水艇を開発 [2004.3.3]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20040305304.html


無人偵察機を殺人マシンに変える米国防総省の計画 [2004.4.1]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20040402301.html


鳥を手本に「羽ばたき」や「翼の変形」を目指す、新型航空機開発 [2004.5.18]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20040520301.html


無人航空機:群れ行動アルゴリズムによる編隊飛行に成功 [2005.4.1]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050401301.html


「群知能」を持つ無人飛行機の編隊 [2005.6.1]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20050602301.html


無人偵察機から映像監視データをリアルタイム受信 [2005.11.29]
http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20051201302.html

 



 

■■追加情報 3: 動画(リンク集)


動画関係の情報(リンク)の追加です。

世界中の珍しい映像をネットで簡単に見ることができ、本当に便利な世の中になりました。

参考までにどうぞ↓


CBC Documentary on the Avro Car (米軍の円盤型機「アブロ・カー」)
http://www.youtube.com/watch?v=rah0q1rZk9Q


   
無人航空機「ポールキャット」(翼長28m、重量4t)
http://www.youtube.com/watch?v=bsowPKvcIxo


↑形は「B2爆撃機」に似ているが、地上の要員の無線操縦なしに
「離陸→目標まで飛行→目標物の認識→帰還→着陸」の全プロセスを
自律的に行う「超ハイテク機」である。この機体の開発は、あの有名な
ロッキード社の「スカンクワークス」(先端技術開発部門)が担当した。

※ この「スカンクワークス」が過去に開発を行った機体には、
超高度偵察機「U-2」、超音速偵察機「SR-71」、
ステルス戦闘機「F-117」などがある。


Cypher UAV (垂直離着型の回転翼を持つ無人偵察機「サイファー」)
http://www.youtube.com/watch?v=RvHcuSDfs-c


Unmanned Aerial Vehicles UAV
http://www.youtube.com/watch?v=q09aVLue4YA


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↓これはオマケ映像(上のほうで紹介したベルギーの「UFO騒動」の映像)

Belgian Triangle ufo
http://www.youtube.com/watch?v=VNaeCF01ZYc

Belgium flying triangle
http://www.youtube.com/watch?v=qpGc8w5Wu0Y


参考までに、この時の「UFO騒動」については
↓こんな本が出ている(1995年出版)


『五万人の目撃者 ─ 消えた未確認飛行物体』
ベルギー空間現象研究会著(二見書房)

上のほうでも述べたが、この時、目撃されたデルタ型の
飛行物体は「エイリアン・クラフト」ではないと思う。

※ ちなみに、この本の中で早稲田大学の大槻教授が
「このUFOの正体はプラズマです」と述べているが、
「プラズマ」だけでは説明できないと思う(^^;


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↓ついでに、これもオマケ映像

German Flying Saucers - Nazi UFOs
http://www.youtube.com/watch?v=ZMhTQ6i_Uqs


↓これはアメリカの高機能ラジコン「X-UFO」。夜間に飛ばせば近所で「UFO騒動」を起こせるかも…(^^;


http://www.youtube.com/watch?v=pLE0SQhHM1s

 



 

■■おまけ情報: 空飛ぶ自由自在への挑戦

 

←「XFV型ソロ・トレック機」

アメリカの「ミレニアム・ジェット社」が2001年に開発製作した
バックパック式の単座ツイン・ローター・ヘリコプター。乗り手は立った
状態で、左右にある操縦桿をそれぞれの手でつかんで操縦する。重量は
140キロ近くあるが、「実用化されるときは、もっと小さくて軽くなる」という。
また「開発が完了すれば、最高飛行速度は時速130キロ程度にまでなる」という。

詳しくはこちら↓

http://hotwired.goo.ne.jp/news/technology/story/20020118301.html

 



 

■■関連書籍 (画像クリックで詳細表示)


    

 



 

■■さらに追加情報


ケーブルTVでおなじみのディスカバリーチャンネルで、
2009年に放送された「ナチスのUFO開発計画」という番組↓

なかなか興味深い内容でした。ナチスの秘密兵器の開発は、
ハンス・カムラーSS大将が大きなカギを握っていたようですね。



この番組は↓こちらで全部見ることができます。

【HD】ナチスのUFO開発計画 NAZI UFO CONSPIRACY part1
【HD】ナチスのUFO開発計画 NAZI UFO CONSPIRACY part2
【HD】ナチスのUFO開発計画 NAZI UFO CONSPIRACY part3
【HD】ナチスのUFO開発計画 NAZI UFO CONSPIRACY part4
【HD】ナチスのUFO開発計画 NAZI UFO CONSPIRACY part5
【HD】ナチスのUFO開発計画 NAZI UFO CONSPIRACY part6

 

※ ディスカバリーチャンネルとは……

世界180ヶ国、39言語で放送され、視聴世帯数4億5000万世帯を
擁する世界最大のドキュメンタリーチャンネル。
http://japan.discovery.com/index.html

 



 

ナチスの「超兵器」

 


 


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