No.a6fhb811

作成 2004.12

 

『ホロコースト産業』について

 

 

●2000年6月に出版された『ホロコースト産業』という本は、国際的な反響を呼び起こした。

ブラジル、ベルギー、オランダ、オーストラリア、ドイツ、スイスなど、多くの国でベストセラーリストに入った。フランスの『ル・モンド』紙は、2ページ全部を費やしてそれを批評し、その他に解説も書かれた。ドイツでは発売後2週間で13万部も売れた。

しかしこの本は、アメリカでは主流メディアから完全に黙殺され続け、9ヶ月でわずか1万2000部にとどまることになった。

 



『ホロコースト産業』

同胞の苦しみを「売り物」にする
ユダヤ人エリートたち

ノーマン・フィンケルシュタイン著(三交社)

 

●この本の著者であるノーマン・フィンケルシュタインは、ニューヨーク市立大学で教鞭をとるユダヤ人社会学者で、ノーム・チョムスキーの弟子である。

フィンケルシュタインの両親はヨーロッパからの移民で、ワルシャワゲットーと強制収容所の生き残りであり、彼によれば、両親以外の親族は、父方も母方も全てナチスによって殺されたという。

 


ユダヤ人社会学者
ノーマン・フィンケルシュタイン

 

●彼が書いたこの『ホロコースト産業』という本は、簡単に言えば、反シオニズムのユダヤ人学者(著者)が、アメリカのユダヤ人エリートたちを「ホロコーストを商売にしている!」として痛烈に批判している本である。(アメリカのユダヤ人エリートたちが、「ホロコースト」を自分たちの私利私欲のため、イデオロギー的・金銭的に利用しているとして告発している本である)。

著者のフィンケルシュタインによれば、「ホロコースト産業」に従事するシオニストたちは、「ホロコーストを脅迫の道具に使い、被害者の数を水増しするなどして多額の補償金を得て」いるうえ、「それが一般のユダヤ人被害者の手に十分渡らず、団体幹部たちの高額の給与や、イスラエルの入植政策などに使われている」という。


●フィンケルシュタインは言う。

「親たちの苦しみ(ホロコースト体験)が、後ろ暗い目的のために利用されるのを許すわけにはいかない。たとえこうして拒否し続けることでユダヤ人の同化やイスラエルの国防に支障が出ようとね」

「ホロコースト産業の今のキャンペーンは、『困窮するホロコースト犠牲者』の名の下にヨーロッパから金をむしり取るためのものであり、彼らの道徳レベルはモンテカルロのカジノの水準にまで低下してしまっている」



●フィンケルシュタインは「ホロコースト産業」に従事するシオニストたち(組織)を、騙し屋、宣伝屋、たかり屋、ゆすり屋と呼び、「ホロコーストのあくどい便乗者どもは、公的に告発・断罪されるべきだ」とまで言って憚(はばか)らない。

一方、フィンケルシュタインを批判する人々(ユダヤ人)の中には、彼を「胸の悪くなるような『自己嫌悪のユダヤ人』だ」と呼んで敵視する人もいるという。


ところで、注意して欲しいのは、フィンケルシュタインは「ホロコースト」そのものを否定してはいないという点と、彼は著書の中で、ユダヤ人を優越視する見方には鋭い批判をしているが、反ユダヤ的なことは一切書いていないという点である。

このことは、彼が著書の中でナチ・ホロコースト研究の第一人者(世界的権威)であるラウル・ヒルバーグの仕事を最大級に評価し、また逆にラウル・ヒルバーグがフィンケルシュタインの告発の意図を正確に理解し支持していることからも分かる。(ノーム・チョムスキーも一貫してフィンケルシュタインを支持している)。

 


ユダヤ人歴史学者
ラウル・ヒルバーグ

ホロコースト研究の第一人者(世界的権威)
である彼は、フィンケルシュタインの告発の
意図を正確に理解し支持している

 

●この『ホロコースト産業』という本には、様々なシオニスト組織の名前が登場している。「世界ユダヤ人会議(WJC)」、「ユダヤ名誉毀損防止連盟(ADL)」、「サイモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」、「世界ユダヤ人損害賠償組織(WJRO)」などなど。

また、この本では、ノーベル平和賞受賞者のユダヤ人作家エリ・ヴィーゼルをはじめ、ハーバード大学のホロコースト講師であるユダヤ人ダニエル・ゴールドハーゲンも批判の俎上(そじょう)にのぼっている。

 


エリ・ヴィーゼル

ルーマニア出身のユダヤ人作家。
自らの強制収容所体験を経て反差別・
平和運動に尽力し、1986年に
「ノーベル平和賞」受賞。

 

●この本の中の「見出し」には次のようなものがある(一部抜粋)。
この「見出し」を見るだけで、この本に書かれている事柄が大雑把ではあるが、分かるだろう。


◆イデオロギー兵器としてのザ・ホロコースト

◆戦後ある時期までナチ・ホロコーストは注意を払われなかった

◆第三次中東戦争(1967年)が全てを変えた

◆アメリカで“突然流行”し、組織化されていったホロコーストの話題

◆イスラエルが資産になった途端にシオニストに生まれ変わったユダヤ人

◆ユダヤ人の選民意識を強化したザ・ホロコースト

◆アラブにナチズムの汚名を着せようとするシオニスト

◆でっち上げられたホロコースト否定論というお化け

◆年々水増しされる「生存するホロコースト生還者」の数

◆スイスの次はドイツに対するゆすりが始まった

◆和解金のうちわずかしかホロコースト生還者・相続者には支払われない

◆生還者たちが死んでいく中でさらに多くの金がホロコースト産業の金庫に流れ込む

◆民主党の大統領選挙資金の約半分は「ユダヤ・マネー」

◆歴史的事実を発見するためではなく金が目当て

◆スイスの銀行による和解案受け入れは正義ではなくゆすりの勝利だ

◆なぜホロコースト産業はフランスの銀行には比較的好意的なのか

◆ドイツは50年代以降、ホロコースト生還者に600億ドル以上支払ってきた

◆貪欲なホロコースト産業の要求はとどまるところを知らない

◆彼らの主張──ナチの大虐殺を忘れるな、ただし他の大虐殺は全て忘れよ

◆これまでアメリカは「過去の責任」について自身と直面したことがない

◆アメリカ政府は過去115年以上にわたり1372億ドルもをだまし取ってきた



●この本を読むと、いつから「ホロコースト」が“ナチ・ホロコースト”から“ザ・ホロコースト”に変貌し、どのようにして「絶対性」とか「神聖性」といった概念が、イスラエルやアメリカのシオニストらによって作られ利用されるようになったのか、ということがよく分かる。

 

 

 

フィンケルシュタインによれば、「戦後ある時期までナチ・ホロコーストは注意を払われなかった。第二次世界大戦の終結から1960年代の終わりまで、このテーマを取り上げた書籍や映画はほんのわずかだったし、この問題を扱う講座のある大学はアメリカの中で一つだけだった。アメリカにはナチ・ホロコーストを記念にするものは一つもなかったし、それどころか、主だったユダヤ人組織はそういった記念物に反対していた」という。


●では、いつ頃から「ホロコースト」の話題が“突然流行”し、現在のような「ホロコースト産業」が組織化されていったのか?

この件について、イギリスの『タイムズ』紙のブライアン・アップルヤードは、紙面の中で次のように「解説」している。

「フィンケルシュタインによればホロコースト産業が発生したのは1967年6月の第三次中東戦争(6日戦争)の直後だったという。この時期はまだ、アメリカの一般社会では『ホロコースト』も『イスラエル』もほとんど話題には上がっていなかった。ホロコースト産業が生まれたのは、多くの人たちが指摘してきたような『イスラエルを滅ぼしてはならないという恐怖心』からだったわけではない。むしろ正確に言えば、アメリカの戦略上の都合から生み出されたのである。

つまり、イスラエルは中東でアメリカの代理国家となったし、『ホロコースト』はアメリカとイスラエルの軍事同盟化を正当化するうえで好都合の道徳感情を誘発する刺激として利用できたわけだった。イスラエルはアメリカの価観を守る“盾”として利用できた。それにこの時期にはベトナム戦争でアメリカは敗北に向かい始めていた。だからアメリカ自身が出ていくよりも、アメリカの価値観を主張するうえでイスラエルを利用するほうが効果的だったのである。在米ユダヤ人のエリートは、イスラエルの大義を溺愛し、『ホロコーストの悲劇』という現代的イメージを捏造したわけだ。」

「フィンケルシュタインは、在米ユダヤ人エリートたちがいかに権力を持っているかを強調する。たとえばユダヤ人の収入は非ユダヤ人のほぼ2倍であるし、アメリカで最も富裕な40人のうち16人はユダヤ人だ。自然科学分野と経済学分野のノーベル賞受賞者の40%、主要な大学の教授の20%、さらにニューヨークとワシントンの法律事務所の経営者の40%は、いずれもユダヤ人だという。(ユダヤ人であることは、成功の障害となるどころか、その保証となっているという)。」

 

 
1967年6月の第三次中東戦争(6日戦争)でイスラエル軍は圧倒的な強さを見せた。
(右)はヨルダン側に「奇襲」をかけるイスラエル軍。

この「奇襲」攻撃により、アラブ諸国は航空機300機以上、
空港、レーダーサイトなどを失い、アラブ諸国の航空戦力は壊滅した。
エジプト、シリア、ヨルダンの三国はイスラエル軍の戦死者730人の20倍を
越える15,000人の人的被害を出し、戦車や装甲車などの大量の兵器が
奪取された。 この戦争によってイスラエルは、ガザ地区、シナイ半島、
ヨルダン川西岸地区、ゴラン高原を占領した。(イスラエルの
国土は4倍以上に膨れ上がった)。

※ フィンケルシュタインによれば「ホロコースト産業」が
 発生したのは、この戦争の直後だったという。

 

●フィンケルシュタインは、著書『ホロコースト産業』の中で次のように述べている。

「ホロコースト産業がホロコースト犠牲者の数字を膨らませたがる理由は明白だ。生存するホロコースト生還者が多ければ多いほど、上限のあるドイツの和解金の分け前が大きくなるのである。」

「スイスとドイツに対するゆすりは序曲にすぎなかった。最大の山場は東ヨーロッパに対するゆすりだった。ソビエト・ブロックの崩壊により、かつてヨーロッパ・ユダヤの中心地域だったところに魅惑的な展望が開けてきた。『困窮するホロコースト犠牲者』という殊勝げなマントに身を包み、ホロコースト産業は、すでにして貧しい国々からさらに数十億ドルをむしり取ろうとしている。

情け無用のやりたい放題に目的を追求することで、ホロコースト産業は、ヨーロッパで最も反ユダヤ主義を煽る存在となってしまっている。


「『請求ユダヤ人会議』が発行する『ホロコースト生還者のための補償と損害賠償の手引き』には、数十におよぶ関連組織の名前がずらりと並んでいる。巨大な、金持ち官僚機構が生まれているのだ。

ヨーロッパのほぼすべての国で、保険会社、銀行、美術館、民間企業、大小の農家が、ホロコースト産業の監視下にある。しかし、当の『困窮するホロコースト犠牲者』は、自分たちのために活動しているはずのホロコースト産業について、『土地の接収を実行しているだけ』だと不平をもらしている。『請求ユダヤ人会議』に対して訴訟を起こした者も多い。終わってみれば、ザ・ホロコーストこそが『人類史上最大の強奪事件』だったということになるのだろう。」



●「ホロコースト産業」に従事するシオニストたちは、「ホロコーストは人類史上に比類のない大事件だから、他の出来事と比較してはならない」という立場を貫いているが、これに対してフィンケルシュタインは、次のように鋭く批判している。

「根本的に言えば、あらゆる歴史的事件はどれも唯一無二であって、少なくとも時間と場所はすべて違っている。またすべての歴史的事件には、他の事件とは違う固有の特徴もあれば共通する点もある。

ザ・ホロコーストの異様さは、その唯一性を無条件で決定的なものとしていることだ。無条件の唯一性のみを持った歴史的事件などあるだろうか。概してザ・ホロコーストについては、この事件を他のできごととまったく違う範疇に位置づけるために、固有の特徴ばかりが取り上げられている。しかし、他の事件と共通する多くの特徴が瑣末(さまつ)なものと認識されなければならない理由は、決して明らかにされない。」



●そして、フィンケルシュタインは、ノーベル平和賞受賞者のユダヤ人作家エリ・ヴィーゼルの名前を出して次のように批判している。

「ホロコーストの唯一性という主張から、ザ・ホロコーストは合理的には理解不能だという主張までは、ほんの一跳びだ。ザ・ホロコーストが歴史に前例のないものなら、それは歴史を越えたものであり、したがって歴史によって把握できないものである。まさにザ・ホロコーストは、説明不能であるが故に唯一無二であり、唯一無二であるが故に説明不能なのである。

ピーター・ノヴィックはこれを『ホロコーストの神聖化』と揶揄(やゆ)したが、この神秘化を誰よりもさかんに行っているのがエリ・ヴィーゼルだ。エリ・ヴィーゼルにとってのザ・ホロコーストは事実上の『神秘』宗教である、というノヴィックの見解は正しい。 〈中略〉

エリ・ヴィーゼルは、通常2万5000ドルの講演料をもらい、運転手付きのリムジンで送り迎えを受けながら、アウシュヴィッツの『真実』という『神秘は沈黙の中にある』と語るのである。この見方では、ザ・ホロコーストを合理的に理解することは、突き詰めていけばザ・ホロコーストを否定することになる。合理性によってザ・ホロコーストの唯一性と神秘性が否定されるからだ。さらに、ザ・ホロコーストをそれ以外の苦しみと比較することも、エリ・ヴィーゼルにとっては『ユダヤ人の歴史に対する全面的裏切り』となる。」

 


エリ・ヴィーゼル

ルーマニア出身のユダヤ人作家。
自らの強制収容所体験を経て反差別・
平和運動に尽力し、1986年に
「ノーベル平和賞」受賞。

 

●さらにフィンケルシュタインは、エリ・ヴィーゼルを批判する。

『アウシュヴィッツとヒロシマは20世紀の“2つのホロコースト”だ』と躊躇(ちゅうちょ)なく発言したイスラエルの元首相シモン・ペレスに対して、エリ・ヴィーゼルは『言ってはならないことを言った』と非難している。

エリ・ヴィーゼルお気に入りの決め文句は、『ホロコーストの普遍性はその唯一性にある』だ。しかし、比較も理解もできない唯一無二のザ・ホロコーストが、どうすれば普遍的な次元を持つというのだろう。

ホロコーストの唯一性をめぐる議論は不毛だ。実際のところ、ホロコーストの唯一性という主張は『知的テロリズム』(ショーモン)を形成するまでになっている。通常の学者がするような比較研究の手法をとるためには、巻頭に1000項目を超える注意書きを載せておかなければ、『ホロコーストの項末化』という非難を避けられない。

ホロコーストの唯一性という主張の根底には、ザ・ホロコーストは唯一無二の悪であるという考えがある。それ以外の苦しみは、どれほど恐ろしいものであっても決して比較にはならない。ホロコーストの唯一性を主張する者は、ほぼ例外なくこうした含意を否定しているが、けっして本音ではない。 〈中略〉」


「ホロコーストの唯一性を主張することは、ユダヤ人の唯一性を主張することになる。ユダヤ人の苦しみではなく、ユダヤ人が苦しんだということが、ザ・ホロコーストを唯一無二のものにする。言い換えれば、ザ・ホロコーストが特別なのはユダヤ人が特別だから、ということだ。

そこで米国ユダヤ神学校のイスマール・ショルシュ総長は、ホロコーストの唯一性という主張を、『唾棄すべき世俗版選民意識』だと嘲笑している。一方エリ・ヴィーゼルは、ザ・ホロコーストの唯一性と同じくユダヤ人の唯一性についても熱烈で、『われわれはすべてにおいて違う』、ユダヤ人は『存在論的に』例外的だと言っている。異教徒による一千年ものユダヤ人憎悪の頂点を示すザ・ホロコーストは、ユダヤ人の苦しみの唯一性のみならず、ユダヤ人の唯一性をも証明しているのである。」



●さらにフィンケルシュタインは、次のように述べている。

「ピーター・ノヴィックは、ザ・ホロコーストがまったく通俗化されている事例を数多くあげている。確かに、さまざまな運動の目的を見ても中絶反対も賛成も、また動物の権利も州の権利もザ・ホロコーストを持ち出さないものをあげることの方が難しい。 〈中略〉

ノヴィックはさらに、『ホロコーストがアメリカの記憶であると偽ること』は道徳的逃避である、とも述べている。それは『アメリカ人が過去、現在、未来と直面する際に、本当に自分たちのものである責任を回避することにつながる』からである。このノヴィックの指摘は重要だ。自分を見つめるより他人の犯罪を非難する方がずっと容易だ。しかしそれはまた、意志さえあれば、ナチの経験から自分たちについて多くを学べるということでもある。

英国系白人が北米大陸を支配することは神の意志だとした『自明の宿命』という19世紀アメリカの考え方は、ほとんどすべてのイデオロギー的および実践的要素について、ヒトラーの生活圏政策に先鞭をつけるものだった。事実、ヒトラーの東方征服は、アメリカの西部征服をモデルとしていた。

また今世紀の前半には、アメリカの大半の州が断種法を制定し、何万人ものアメリカ人を本人の意に反して断種したが、ナチは、自国で断種法を制定する際に、明確にアメリカの先例を引き合いに出している。

さらに、悪名高い1935年のニュルンベルク法は、ユダヤ人から参政権を奪い、ユダヤ人と非ユダヤ人との雑婚を禁止したが、アメリカ南部の黒人も同じように法的権利を奪われ、戦前のドイツをはるかに上回るほど頻発する大衆暴力の標的にされて、しかもそれが黙認されていた。

 

 
(左)1993年春、アメリカのワシントンDCに開設された「ホロコースト記念博物館」(落成式典の様子)
(右)博物館にあるエジスキー・タワー。ユダヤ家族のポートレート約6000枚で構成されている。

 

●フィンケルシュタインは、著書の中で「アメリカ合衆国は、まるごと原住民からだまし取った土地に築かれたものだし、アメリカ産業は、綿産業での数世紀におよぶアフリカ系アメリカ人の無賃労働を燃料に発展したものだ」と述べている。

そして、「なぜアメリカの首都に政府運営のホロコースト博物館があるのか?」と問いかけて、次のように述べている。


「年に一度のホロコースト記念日は全米規模のイベントだ。50州それぞれの主催する記念式典が、多くは州議会の議事堂で行われる。ホロコースト組織協会(AHO)には、合衆国で100以上のホロコースト機関が名を連ね、アメリカを見渡せば、7つの大きなホロコースト博物館が点在している。そしてこの記念事業の中心となるのが、ワシントンにある『合衆国ホロコースト記念博物館』である。

第一の疑問は、なぜこの国では首都にまで、連邦政府が資金を出して運営するホロコースト博物館があるのかということだ。連邦議会議事堂からリンカーン記念堂まで、ワシントン最大の通りである『ザ・モール』がまっすぐに伸びているが、そこにこの博物館があって、しかもアメリカ史上の犯罪を記念する博物館が一つもないというのは大きな矛盾だ。

想像してほしい。もしドイツがベルリンに、ナチによる虐殺ではなく、アメリカの奴隷制やネイティヴ・アメリカンの殲滅を記念する国立博物館を作ったら、偽善だとしてごうごうたる非難がアメリカ中に沸き起こるはずだ。 〈中略〉」


同博物館をめぐってはさまざまな政治問題が顔を出している。ヨーロッパの反ユダヤ主義については、強力な選挙民を刺激しないように、キリスト教的な背景を抑えてある

アメリカが戦前に実施していた差別的な移民割り当てについても扱いを軽くし、強制収容所解放におけるアメリカの役割を誇張しておきながら、しかし戦争終結時にアメリカがナチ戦犯を大規模に雇用したことは黙って見過ごしている。博物館の全体を支配するメッセージは、『われわれは』このような邪悪な行為を犯すどころか想像さえできない、というものだ。

マイケル・ベレンバウムは博物館の手引書で、ホロコーストは『アメリカ的精神とは相容れない』『われわれはホロコーストの実行に、本質的なアメリカ的価値すべてへの冒涜を見るのである』と述べている。

このホロコースト博物館は、ユダヤ人の生還者が命からがらパレスチナに足を踏み入れる場面で終わる。それによって、イスラエル国家が『ナチズムヘの正しい回答』であるというシオニズムの教訓を伝えているのである。」

 

 
大戦中、ナチスによって収容所に収容されたジプシー(ロマ民族)たち

ナチスはユダヤ人だけでなく、ジプシー(ロマ)も迫害した。1943年春以降、
ナチスの支配圏となった12ヶ国のジプシーが「ジプシー収容所」へ続々と連行された。

 

●フィンケルシュタインはこの「ジプシー(ロマ民族)」の問題にも触れながら、こう話を続けている。


「ホロコースト博物館という策略の核心は、誰のために記念するのかというところにある。ザ・ホロコーストの犠牲者はユダヤ人だけなのか、それともナチの迫害によって殺された者はすべて犠牲者として数えるのか。ワシントンの博物館が計画段階にあったときは、ヤド・ヴァシェムのイェフダ・バウアーとともにエリ・ヴィーゼルが、ユダヤ人だけを記念せよとする立場の急先鋒だった。

『ホロコースト時代について誰もが認める専門家』として判断を任されたエリ・ヴィーゼルは、ユダヤ人が最初の犠牲者であると強調した上で、『そしていつものように、ユダヤ人だけでは済まなかった』と主張した。


しかし、政治的に最初に犠牲となったのはユダヤ人ではなく共産主義者だったし、大量殺人の最初の犠牲者も、ユダヤ人ではなく障害者だった。

またジプシーの大量殺人が突出していたことも、ホロコースト博物館としては認めがたいことだった。

ナチは50万人ものジプシーを組織的に殺害したが、これは比率で言えば、ユダヤ人虐殺にほぼ匹敵する犠牲者数である。イェフダ・バウアーなどのホロコースト・ライターは、ジプシーの犠牲はユダヤ人への残虐な攻撃とは違うと書いているが、ヘンリー・フリードランダーやラウル・ヒルバーグといった優れたホロコースト歴史家は、同じだったと主張している。


「博物館側がジプシーの大量虐殺を取り上げなかったことには、さまざまな動機が見え隠れする。

まず第一は、単純に、彼らはジプシーの死とユダヤ人の死を並べて考えることができなかったということだ。

たとえば合衆国ホロコースト記念協議会の専務理事であるラビ・シーモア・シーゲルは、ジプシー代表を呼ぶなど『バカげたこと』だと嘲笑し、『もしジプシー民族というものが存在するのなら……何らかの認識ないし認知があるはずだ』と、ジプシーの『存在』自体に疑問を呈した。しかしその反面、『ナチの下で苦しんだという要素はある』と認めてもいる。 〈中略〉


第二は、ジプシーの大量虐殺を認めれば、ザ・ホロコーストの一手販売権を占有できなくなり、それに伴ってユダヤ人の『道徳的資本』も失われるからだ。

そして第三は、もしナチがユダヤ人と同じようにジプシーを迫害したということになれば、一千年にわたる異教徒のユダヤ人憎悪が最高潮に達したのがザ・ホロコーストである、という教義がまったく成り立たなくなるからである。同様に、もし異教徒の嫉妬がユダヤ人大量虐殺に拍車をかけたというのなら、ジプシーの大量虐殺も嫉妬心が拍車をかけたということになってしまう。ワシントン・ホロコースト博物館の常設展示では、ナチズムの非ユダヤ人犠牲者には形ばかりの認識しかなされていない。

最後に、ワシントン・ホロコースト博物館の政治課題がイスラエル・パレスチナ紛争によって形成されてきたことも、理由としてあげられる。 〈中略〉 イスラエルが1996年にレバノンへ凄まじい攻撃を仕掛け、カーナで100人以上の市民を虐殺したとき、『ハアレツ』紙のコラムニスト、アリ・シャヴイットは言った──イスラエルは何をしても大丈夫だ、『われわれには「ADL(ユダヤ名誉毀損防止連盟)と……ヤド・ヴァシェムとホロコースト博物館がついている』と。」



●フィンケルシュタインは自著の最後に「結論」として次のように書いている。

「今日の問題は、ナチ・ホロコーストを理性的な研究テーマとして再構築することだ。そうなって初めて、われわれはそこから学ぶことができる。

ナチ・ホロコーストの異常性は、できごと自体からではなく、それを金儲けに利用しようとしてその周囲に生い茂ったホロコースト産業から生じている。

ホロコースト産業など初めから破産している。あとはただ、公に破産宣告するだけだ。店じまいさせるべき時はとっくに来ている。死んでいった者のためにできるもっとも品位ある態度は、彼らの記憶を保存し、彼らの苦しみから学び、その後は、彼らを安らかに眠らせてあげることなのである。」

 

 


 

★関連リンク

『ホロコースト産業 ─ 同胞の苦しみを「売り物」にするユダヤ人エリートたち』(三交社)

 


 


▲このページのTOPへ





 HOMEに戻るINDEXに戻る

Copyright (C) THE HEXAGON. All Rights Reserved.