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作成 2000.6

 

アメリカでくすぶる
白人至上主義勢力の実態

 

 

第1章
アメリカ社会の白人至上主義者
第2章
「クリスチャン・アイデンティティ」と
「アングロ・イスラエリズム」
第3章
19世紀半ばから続く「KKK」の歴史
第4章
「アメリカ・ナチ党」
第5章
「ナショナル・アライアンス」と
ネオナチのバイブル『ターナー日記』
第6章
ネオナチのカリスマ的存在
トム・メツガーと「WAR」
第7章
「アーリアン・ネーションズ」と
地下組織「オーダー」「オーダー2」
第8章
その他のネオナチ・グループ
第9章
全米に根を張る
武装民兵組織「ミリシア」
第10章
白人至上主義者たちの
反日感情と反日活動
第11章
アメリカ保守層の根強い支持

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■■第1章:アメリカ社会の白人至上主義者


●アメリカでは1960年代における「公民権法案」の成立以来、人種を理由にした差別は法律で禁じられてきた。「公民権法案」の成立により黒人への差別は違法化され、多くの黒人議員や市長が当選することとなった。

エンターテイメント業界においても、黒人のスーパースターが多く誕生し、黒人の地位は格段に向上。アメリカの人種差別は消滅したかに見えていた。KKKのような人種差別組織も、「公民権法案」の成立と共に勢力をなくして過去のものとなったかと思われていたのだ。


●しかし、現実は違っていた。

彼らはその後も表面だった動きこそ控えるようになったものの、依然としてアメリカ社会の中に深く潜行し、巨大な勢力を温存していたのである。

 

 

●白人至上主義者といっても、その実態は様々である。

彼らを構成する人々は、少々古臭い考えを持った主婦から金融業界で働くビジネスマン、軍服に身を包んだエリートパイロット、果ては坊主頭をした過激派学生まで千差万別である。しかし、白人至上主義者に共通しているのは、彼らが人種差別論者であるという点だ。白人を最も優秀な民族と考え、他の民族を劣等の存在とする考え方は、彼らに基本的に共通するものである。特に、黒人、ユダヤ人に対する彼らの嫌悪は激しい。


●彼らは移民の増加による、白人の人口比率の減少に危機感を抱いている。

彼らは世界各国からアメリカに殺到する年間70万人という合法移民(特に中南米やアジアからの)の波に非常な恐怖感を持っている。

さらに、隣国メキシコから国境を不法に越えてやってくる不法移民の数は年間30万人に達するとも言われている。出生地主義(生まれた場所により国籍が決まる)を取っているアメリカでは、そうした不法移民の子がアメリカで生まれることによって市民権を獲得することができる。特にカトリックを信仰する中南米移民は中絶を禁じられているため、一人の母親が5人以上の子供を生むといった例が珍しくなく、人口増加率が非常に高い。そのため、アメリカ市民全体に占める白人以外の民族の割合が日増しに高まっているのだ。


●こうした移民の増加が彼らに「自分たちの国が奪われる」という危機感を持たせ、「反移民」の旗印を掲げさせているのだ。

この移民排斥の考えは、アメリカで移民の子供達のために行われている「バイリンガル教育」に対する嫌悪感となって現れている。英語に代わって中南米移民のスペイン語が公用語と認められるのではないかという危機感が白人たちにはあるのだ。そして、その運動は英語のみを公用語とすべしという「イングリッシュ・オンリー」の運動を作り上げている。



●またこれらとは別に、妊娠中絶も白人至上主義者たちの憎むところとなっている。

「反中絶運動」は保守的な一般市民を巻き込んで、現在巨大な盛り上がりを見せている。

ジェリー・フォルウェルがバージニア州に創立したリバティ大学には、中絶で殺された胎児の「慰霊碑」がある。アメリカ版水子地蔵である。彼らの中の過激派は、中絶を行っている病院を放火・爆破したり、中絶容認派を殺害したりというテロを繰り返している。中絶賛成派は、中絶医を守るためボランティアでガードマンを引き受けている。

1982年以降、150件以上の放火・爆弾・銃撃で1300万ドル以上の物的被害が出たといわれる。1993、94年の2年間で5人の中絶病院関係者が暗殺され、8人が銃撃で負傷したほか、数十件の爆弾テロで負傷者多数が出ている。主な活動は、中部・南部地方。これらの組織にはKKK、ミリシア、全米納税者党が関与しているといわれる。


参考までに、代表的な「中絶反対テロ組織」として以下のようなものがある。


「オペレーション・レスキュー」……1990年、地下活動開始。本部ダラス。創設者ランドル・テリー(「全米納税者党」指導者)。指導者フリップ・ベーカー。放火・爆破も辞さない。

「ミッショナリーズ・オブ・プレボーン・ナショナル」……「オペレーション・レスキュー」の過激派。独自の軍事訓練を行っている。カリフォルニア州で活動。指導者はジョセフ・フォアマンとマット・トレウエラ。

「アメリカ生命活動家連合」……「オペレーション・レスキュー」の過激派。

「命の主唱者たち」……本部オレゴン州。中絶者の殺害を主張。1994年5月、侵入・業務妨害行為で病院に800万ドルの支払いを命じられる。指導者はアンドリュー・バーネット。

「防衛行動」……指導者ポール・ジエニングス・ヒル(現在、殺人罪で終身刑)

 

 


 

■■第2章:「クリスチャン・アイデンティティ」と「アングロ・イスラエリズム」


●宗教面では、白人至上主義者の多くは「クリスチャン・アイデンティティ」というキリスト教の一派を信仰している。

この「クリスチャン・アイデンティティ」の思想は、「聖書に書かれている『約束された民族』とは、実はユダヤ人のことではなく白人である『アーリア人』であった」とするものだ。

そして、ユダヤ人、黒人その他の有色人種は神のたたりとして地上に送られた劣等人種であると考える。特にユダヤ人は、悪魔の子であるカインの末裔であり、したがって悪魔の血を持った「悪魔の子孫」であるというのが、彼らの主張である。いわゆる、白人至上主義、反ユダヤ主義の「聖書的理論付け」といえよう。


●この思想は「アングロ・イスラエリズム」と呼ばれ、もともとは1870年にイギリスでジョージ・ウィルソンという人物が主張したことから始まっている。そして、エドワード・ハインという男が、この考え方をアメリカに持ち込んだのである。

このエドワード・ハインは、聴衆を前にしてこう主張した。「アメリカこそ、神の約束された土地であり、真のイスラエル国家はアメリカであり、アメリカ人には特別の使命がある」と。

そして1880年までには、W・H・プール、A・A・トッテン、J・H・アレンらが「アングロ・イスラエリズム」をアメリカ版の思想として普及させようと努力し、その過程で、「クリスチャン・アイデンティティ」は白人至上主義とキリスト教原理主義を合体させたのである。



●キリスト教原理主義に関して言えば、現在、アメリカには「ハルマゲドン」説を説く人気テレビ説教師が多数存在する。

1985年10月に発表されたニールセン調査は「6100万ものアメリカ人が、自分たちの存命中に核戦争が起こることを防ぐ手立てが全くないと告げるテレビ説教師の番組をコンスタントに見ている」とした。人気テレビ説教師であるパット・ロバートソンの「700クラブ」(連日放映の90分番組)は1600万世帯、全米テレビ所有台数の19%が見ているという(その放送局は彼のものである)

同様にジミー・スワガートは925万世帯、ジム・ベイカーは600万世帯……などなど、キリスト教原理主義をタレ流すテレビ説教師たちは、アメリカ社会では大人気である。

 


人気テレビ説教師である
パット・ロバートソン

彼は「キリスト教連合」「リージェント大学」
「CBN」などの設立によっても知られている

 

●彼らキリスト教原理主義者たちは、キリスト教が掲げる人間の原罪からの救済計画のシナリオのうち、「ハルマゲドン」を特別強調する。そしてこの「ハルマゲドン」説の核を作ったのは、キリスト教原理主義のスーパースターであるハル・リンゼイである。

ハル・リンゼイは1970年代に登場、リバーボートの船長からボーンアゲイン・キリスト教徒に転身。「キリストのための大学十字軍」の幹部として8年間全米の大学を巡回説教し、それをまとめた著書『今は亡き大いなる地球』が、全米で1800万部を売るベストセラーとなったのである。続編『1980年代 〜秒読みに入ったハルマゲドン』『新世界がくる』『戦う信仰』『ホロコーストヘの道』などいずれも人気が高く、アメリカ人の意識の底流を作り上げた。

 

 
(左)ハル・リンゼイ (右)全米で1800万部を売る
ベストセラーとなった彼の著書『今は亡き大いなる地球』

 

●このキリスト教原理主義の心臓となる「ハルマゲドン」説は、白人至上主義者たちに多大な影響を及ぼした。

後で詳しく述べるが、全米に広がる武装民兵組織「ミリシア」は、この「ハルマゲドン」説を完全に受け入れていて、「ハルマゲドン」の到来を前提にして活動(武装訓練)している。


●なお、注意してほしいのは、白人至上主義者はキリスト教原理主義者であるが、キリスト教原理主義者=白人至上主義者ではないという点である。キリスト教原理主義者>白人至上主義者であり、白人以外のキリスト教原理主義者は世界に多く存在する。日本にもお隣の朝鮮半島にも多く存在している。

 

 


 

■■第3章:19世紀半ばから続く「KKK」の歴史


●「KKK」(クー・クラックス・クラン)の歴史は長い。KKKの活動期は大きく4つに分けられる。

KKKの起源は南北戦争直後の1865年12月、テキサス州南部の小さな町プラスキーで6人の元南軍兵士たちによって結成された秘密組織に始まる。この6人の創設者は、この秘密組織を“仲間”を意味するギリシア語の「ククロス」とスコットランドの「クラン」に因んで「KU・KLUX・KLAN」(KKK)と命名した。最初は面白半分に黒人をからかっていただけの趣味の集まりといった組織だったが、その後、元南軍の将軍であるネイサン・B・フォレストがその指導者になると、一気に組織としての体裁を整えていった。

KKKの組織は「インペリアル・ウィザード」と呼ばれる最高指導者の下に、各州ごとに「グランド・ドラゴン」と呼ばれるリーダーに率いられた支部を擁する。その後KKKは北部による黒人奴隷の解放に不満を持つ南部の白人層の支援を受け、急速にその勢力を拡大していった(第1期)。

 


KKKのシンボルマーク

 

●KKKの入団式は夜間に行われ、その夜は「偉大な夜」と称されている。

丘の上に鉄の十字架を打ち立て、油を注いで火をつける。祭壇の上には聖書、アメリカ国旗、短剣などを置く。儀式は、100人ほどの新加入者をまとめて行われている。儀式が済むと、一同は覆面姿のまま、行列をつくって近くの町を練り歩く。

人差し指を1本、唇にあてるサインは、秘密を守る誓いのサインである。右手で自分の首を切るような真似をするのは、仲間を裏切った団員が、首をはねられるということを示すためのサインである。無邪気なアメリカ人の一部は、こうした神秘的な儀礼や派手な集団行動に眩惑され、惹きつけられていった。

 


KKKの儀式の風景

 

●その後KKKは一時的に勢力を減退させ、1869年にいったん解散。

1871年には「反KKK法」ができ、とどめを刺されたかに見えた。しかし1915年に、アトランタ近くで再び結成され、第一次世界大戦後には地方のキリスト教ファンダメンタリズム派(原理主義派)の牧師たちと連携し、再び勢力を拡大していった。

中心となった人物は、ウィリアム・ジョゼフ・シモンズという牧師で、KKKの儀式に教会の典礼を取り入れた。彼は白人の優越とプロテスタントの優越を巧みに合体させ、白人支持層を増やしていった。ここにおいて、KKKは単なる黒人差別主義から白人至上主義的性格を強め、反カトリック、反ユダヤを掲げたのである。

こうしてKKKは、都市への黒人の流入が最高潮に達した1920年代には、それに対する反感を持つ白人を加え、その勢力は最高潮に達し、会員数は450万人に膨れ上がったのである(第2期)。


●この時期(第2期)のKKKは、アメリカの政界にも多くの影響力を保持していた。その力は大統領選の結果を左右するとさえ言われたほどで、議会にも多くの議員を送り込んでいた。

日本に原爆を落としたハリー・トルーマン大統領や最高裁判事のヒューゴ・ブラックも当時のKKKのメンバーだったという。特に1920年代の「人種差別的移民法」(アジア系、ラテン系の移民を制限した)の制定にあたっては、KKKが大きな影響力を行使している。さらに、彼らは財界、警察や軍部内部にも多くの支持者を抱え、アメリカを陰で動かすとさえ言われていた。

当時のKKKは政府、特に州政府や警察とも密接な繋がりを持ち、暗殺などの州政府の出来ないことを行う非合法手段の遂行者としての役割を担っていたと言われていたのである。

 


ワシントンで行進するKKKのメンバーたち(1925年)

 

●その後、黒人へのリンチ殺人や放火といったあまりの過激さに対する世間の批判が高まり、ついに政府や警察がKKKの取り締まりに乗り出し始めた。この結果、次第にKKKの勢力は衰退し、その運命もこれまでかと思われていた。

しかし、時代の変わり日ごとに頭をもたげてくるのがKKKである。1960年代になり、「公民権法案」の可決を巡り黒人と白人の対立が激しくなると、KKKは再びその勢力を拡大した(第3期)。

1964年にはサム・ボワーズにより新たなKKK組織である「ホワイト・ナイツ・オブ・KKK」が設立され、黒人襲撃などの過激なテロを繰り返し始めた。1964年に、公民権活動家マイケル・シュワーナー、アンドリュー・グッドマン、ジェームズ・チャネイが彼らに殺害された。1965年には「全米黒人同盟(NAACP)」のリーダー、バーノン・ダウマーが彼らに殺害された。


●しかし、その後の「公民権法案」の可決により、再びKKKの勢力は減退し始めていった。1970年代に入って衰退を見せ始めたKKKは、1979年以降、ナチ化して新たな道を歩み始める(第4期)。

まずデビッド・デュークにより「ナイツ・オブ・KKK」が設立され(1975年)、その後「ナイツ・オブ・KKK」の各州のグランド・ドラゴンからはトム・メツガー(カリフォルニア)、ルイス・ビーム(テキサス)といったネオナチの指導者が次々と誕生。さらに1980年代に入ると、ノースカロライナ州グリーンズボロで5人の反KKK活動家が彼らに殺されるといったように、その活動は再び過激化の一歩を辿っていった。

その後、KKKの勢力は徐々に衰退したものの、現在ではさまざまなグループ(ネオナチ系含む)に分かれて、依然巨大な勢力を保っている。



●1988年、ルイジアナ州の予備選挙で、大統領候補者として「ナイツ・オブ・KKK」の元最高幹部であったデビッド・デュークが選ばれた。彼は、従来の黒人を優遇するリベラル政策に不満を持つルイジアナの白人層の支援を一手につかみ、選挙での勝利を果たしたのだった。

全米は騒然となった。アメリカばかりか世界中のメディアが彼のプロフィールを伝え、デビッド・デュークの名は電波に乗って世界中に広がっていった。

しかし、デューク本人はKKKとのつながりを懸命に否定した。彼は1980年にKKKを離れ、新たな白人至上主義者グループである「全米白人振興協会」を設立し、KKKとは一線を画した合法的活動へと戦略を転換していたのである。だが選挙期間中に、彼は元KKKというレッテルを剥がすことはできなかった。最終候補者を決める共和党大会では、結局彼はブッシュに破れ、大統領への夢はついえてしまったのである。

しかし、元KKKの最高幹部が、かりにも州レベルとはいえ、共和党の大統領候補に選ばれたという事実は大きかった。この出来事はアメリカに今も存在するKKKへの大衆の大きな支持を如実に描き出したのである。

 

 
デビッド・デューク。右はKKK時代の姿。

 

●現在KKKの最大組織である「ナイツ・オブ・KKK」は、トム・ロブの指導下にある。

彼らは本拠地をアリゾナ州ハリソンに置き、全米13か所に支部を構えている。また、これ以外にも、ジェームズ・ファランズ率いる「インビジブル・エンパイア」というグループが盛んな活動を見せている。さらに全米各地では、無数の「ナイツ・オブ・KKK」の分派も活動を行っており、そのメンバーの中の幾人かはネオナチのリーダーとなり、多くの新組織をこの世に出現させている。

 

 


 

■■第4章:「アメリカ・ナチ党」


●アメリカの極右グループは大きく分けると、KKK、ネオナチ、そして自衛武装集団のミリシアの3種類に分けられる。

歴史的にはKKKが一番古く、南北戦争後の1860年代頃から活動を始め、1920年頃にはその活動は頂点を極めている。しかし、「公民権法案」が可決され、法律による規制が厳しくなった1960年代頃からその勢力は衰退し、現在ではその構成員は数万人に減少しているという。

逆にその頃から頭をもたげてきたのがネオナチである。ネオナチの指導者の多くはKKK出身者であり、従来のKKKの活動に限界を感じた人々である。彼らは、KKKを捨て、新しい手法による人種差別運動を企てて多くのネオナチ・グループを設立したのだ。ネオナチという言葉は「新しいナチス」という意味である。その言葉通り、彼らの思想の根本にはナチスの思想がある。


●アメリカのネオナチについて語る場合、ジョージ・L・ロックウェルに触れないで済ますわけにはいかない。

ロックウェルは、第二次世界大戦中は海軍のパイロットとして従軍し、朝鮮戦争のとき再度、召集され、このことが反共感情を培うことになった。彼はヒトラーの『我が闘争』を愛読し、1950年代に、はじめは「ダイ・ハーズ」と呼ばれる組織を通じて、その次には「全米保守機構連盟(AFCO)」と呼ばれるグループを通じて反共主義をかき立てられた。

その後、右翼の『アメリカン・マーキュリー』誌に執筆したり、ジョー・マッカーシーを支持したりしたが、やがて「統一白人党」のために働くようになり、「ユダヤ人の支配からアメリカを守る全米委員会」に加入した。そして、独自に「アメリカ・ナチ党」を旗揚げし、バージニア州アーリントンの自宅を党の本部にした。

 


ジョージ・L・ロックウェル

 

●ロックウェルは何と言っても派手であることに才能があった。

「アメリカ・ナチ党」の党員数は、おそらく3000を超えることがなかったろうが、指導者の派手さのために、実際の勢力よりはるかに強く、一般の注目を集めることになった。

ロックウェルは、「ユダヤ人を皆殺しにして、黒人をすべてアフリカに送り返せ」と叫んだため、彼はどこに行っても物議をかもした。ニューヨークに行けば、市長のロバート・ワグナーに演説を許可しないと言われ、ボストンに出かけてユダヤ映画『栄光への脱出』の上映を止めさせようとすると、映画を見に来た人々に石や卵を投げつけられた。オーストラリアヘの入国を拒否されたこともある。イギリスを訪れたとき、政府に入国を拒否されるのを避けようとしてアイルランドからこっそり忍び込むと、ただちに強制退去させられもした。

南部を巡回するときに乗るバスには、大きな文字で「我々はユダヤ共産主義を憎む」と書かれ、『栄光への脱出』の上映を止めさせようとしたときのプラカードには、「アメリカを白人の手に、裏切者にはガス室を」と書いてあった。

 


1966年、シカゴの集会で、1500人の
白人を前にして演説するロックウェル

 

●ロックウェルは、黒人活動家も白人の保守主義者も批判し、機会があればいつでもユダヤ人を侮辱した。

一度、治安紊乱罪で逮捕されて起訴されたことがあったが、そのときは皮肉なことに、ユダヤ人の弁護士に弁護され、黒人の判事の前で、100ドルの保釈金を積んで釈放され、公判では、弁護士が言論の自由を主張して無罪になった。


●1967年8月25日、ロックウェルは、アーリントンのランドリーの駐車場で、副官のジョン・パトラーに射殺された。

意見が割れて問題となったが、結局、名誉軍人としてロックウェルは埋葬された。

ロックウェルが死ぬと、党はさまざまな派に分解した。しかし、時が経過し、極右の運動が国際色豊かなものになるにつれて、「アメリカ・ナチ党」とロックウェルは、アメリカ右翼の歴史の一頁を飾るものとなる。

 

 


 

■■第5章:「ナショナル・アライアンス」とネオナチのバイブル『ターナー日記』


●ウエスト・バージニアのヒルズボロ郡ミルポイントという静かな田舎町に、40万坪以上の広大な土地がある。

「コスモセイスト・コミュニティ教会」と名付けられたこの土地には沢山の建物が建てられ、銃で武装した多くの人々が行き来している。彼らは白人至上主義者で、この世の終わり「ハルマゲドン」の到来を信じ、その日に備え多くの武器で武装しているのだ。

彼らはミルポイントの本拠以外にも、全米10ヶ所以上に支部を構え、数百人の中核活動家を中心に数千人といわれる支持者を擁している大グループを形成している。このグループの名は「ナショナル・アライアンス(国民同盟)」といい、ネオナチの巨大勢力である。

 


「ナショナル・アライアンス」の
シンボルマーク

 

●この「ナショナル・アライアンス」を率いるのは、ウィリアム・ピアスである。

彼は、物理学博士の肩書きを持つ元オレゴン州立大学の物理学教授で、元々は1950年代に結成された古参の極右組織「ジョン・バーチ協会」に属していた人物である。その後、彼はジョージ・L・ロックウェルの「アメリカ・ナチ党」に加入。ロックウェルが暗殺されると、「アメリカ・ナチ党」のリーダーとなっている。その後1970年には、彼独自の組織である「ナショナル・アライアンス」を設立。ウェスト・バージニアのヒルズボロ郡に本拠を置き、「ユダヤのいない白人の理想郷」を築き上げてきた。

 


ウィリアム・ピアス

 

●また、ウィリアム・ピアスは『ターナー日記』の著者で、彼の思想は他のネオナチたちに大きな影響を与えている。

『ターナー日記』は白人による革命の物語である。この中では、主人公ターナーの属する「オーダー」という地下組織が白人至上主義政権を設立するために、ユダヤに支配された連邦政府に対して革命闘争を行うストーリーが描かれている。

小説の中身は全編にわたってユダヤ人や黒人をはじめとする有色人種に対するイヤというほどの憎悪と暴力で埋め尽くされている。描かれた場面も描写も残酷そのもの。刺殺、射殺、そして暴行を受けた後に首を吊るされる有色人種が次から次に出てくる。

わずか211ページのこの小説は白人至上主義者たちに大きな共感を呼び、今では彼らのバイブル的存在になっている書物である。発売してから20万部以上が売れたという。

 


ウィリアム・ピアスが書いた
ネオナチのバイブル
『ターナー日記』

 

●ウィリアム・ピアスはまた『誰がアメリカを支配しているか』というパンフレットの中で、ユダヤ系マスコミによるアメリカ支配を非難して、過激な反ユダヤ主張を展開している。「公共メディアは我々を差別している」とウィリアム・ピアスは叫ぶ。「ユダヤ人にコントロールされたアメリカのメディアはアメリカだけでなく、世界的な問題となっているのだ」と彼はアメリカのマスメディアを非難している。

「ナショナル・アライアンス」は物理学教授ピアスの指導下にあるだけあって、ハイテクを使った宣伝活動に卓越したものを持っている。ユダヤ人の支配する公共メディアと対抗するために、彼らは独自のインターネットを開設するとともに、『ターナー日記』を始めとする出版物を自らの手で全米に配布しているのである。

 

 


 

■■第6章:ネオナチのカリスマ的存在トム・メツガーと「WAR」


●アメリカのネオナチのカリスマ的存在として、トム・メツガーという男がいる。

1970年代にKKKの大幹部を務め、「KKKの若き希望の星」と呼ばれ、人種差別運動の先頭に立っていた人物である。

彼は、1980年のカリフォルニア州の民主党下院議員候補を選ぶ予備選挙に突如立候補し、3万3000票を獲得して当選。全米の注目を集めた。結局本番の投票では惜しくも共和党候補に敗れてしまい、議会進出はならなかったが、トム・メツガーの名はこの選挙で一気に全米に知れ渡ることとなった。

この選挙を機にKKKを脱退し、1982年に再び民主党上院議員指名選挙に立候補。一般の白人労働者階級のための政策を掲げ、白人有権者の支持を獲得。惜しくも落選はしたものの、7万5000票を集めた。

 


トム・メツガー

 

●翌1983年に、メツガーは独自の思想による白人革命組織「ホワイト・アーリア人レジスタンス組織(WAR)」を設立。

この「WAR」はユダヤ人による人種混合陰謀に対し、反連邦政府を掲げて白人による革命を目指すネオナチ・グループである。

メツガーの近代的思想とカリスマ的魅力にひかれた多くの若者の共感を集め、「WAR」の組織は急速に膨れ上がった。彼らはアメリカのネオナチの中で最も活発といわれる活動を展開。アメリカの「スキンヘッズ」たちを結集する中核的存在にのし上がった。現在、「WAR」はカリフォルニア州フォールブルックにその本拠を置き、全米各地に支部を擁している。彼らは現在数千名のメンバーを抱え、アメリカのネオナチの代表的グループの1つとなっている。

 


「WAR」のシンボルマーク

 

●メツガーは「右翼と左翼を組み合わせた社会主義」を唱えている。

彼はネオナチの擁護者と見られる共和党の保守層とは一線を画し、それどころか、彼は左翼との繋がりさえ持っていると言われており、そのスタッフの何人かは元左翼活動家であるという。近年、メツガーは反ユダヤ主義者の黒人過激派ルイス・ファルカンとの共闘さえ推進しているという。

事実、彼は次のような驚くべき発言をしている。

「我々にとって異人種(非白人種)が真の敵ではない。真の敵はアメリカ連邦政府であり、ワンワールド主義者だ。ここがKKKと違うところだ。私の運動の目指すものは『アメリカの分離』であり、異なった人種がそれぞれ侵しあわないように棲み分けることだ」

「3年前(1992年)のことだが、私はブラック・パンサー(反白人主義過激集団)に呼ばれて彼らの集会でスピーチした。我々とお前たちとは喧嘩をしてきた間柄だ。私はレイシスト(人種差別主義者)であり黒人が嫌いだ。それを止めることはできない。これからも喧嘩は続く。しかし、無駄な抗争を続ければ連邦政府やワンワールド主義者の餌食になってしまう。うまく棲み分けをし、侵しあわないようにして無意味な争いだけはしないようにしよう、と言ったのだ。そしたら、割れんばかりの拍手が沸き起こった」



●ところで、メツガーは従来の秘密結社的なKKKと違い、マスコミを使った派手な宣伝活動を得意にしていることでも有名である。彼は「WAR」のメンバーを伴って、トークショー番組に堂々と出演したことさえある。また、自らも「人種と理由」というテレビ・ショーの司会をするなど、大衆に直接自分のメッセージを伝える戦略を展開しているのだ。

なお、メツガーの息子のジョン・メツガーは「白人学生連合」という青年ネオナチ組織を作って、「スキンヘッズ」の若者をメンバーに取り込み、父とともに第一線で活躍している。現在メツガーは保護観察中の身だが、依然精力的に活動を続けており、全米でも代表的なネオナチ指導者の一人となっている。

 


ナチ・スキンヘッズのメンバーが
「WAR」の旗を掲げるのに立ち会う
メツガーの息子のジョン・メツガー(右)

 

 


 

■■第7章:「アーリアン・ネーションズ」と地下組織「オーダー」「オーダー2」


●「アーリアン・ネーションズ(アーリア人国家)」は、アメリカのネオナチの中でも最大勢力と呼ばれるグループの1つである。

創始者は伝説的な極右指導者で牧師でもあるリチャード・バトラー。彼らは「私の人種は私の国」をスローガンに、アイダホ州ハイデン・レークに拠点を置き、全米30ヶ所に支部を構える巨大ネオナチ・グループである。

 


「アーリアン・ネーションズ」の
シンボルマーク

 
アイダホ州ハイデン・レークにある
「アーリアン・ネーションズ」の教会

 

●リチャード・バトラーは「クリスチャン・アイデンティティ」の牧師でもある。

「クリスチャン・アイデンティティ」の教えをもとにした人種差別思想を前面に掲げた彼は、1970年代に至って「アーリアン・ネーションズ」を設立。

「アーリアン・ネーションズ」はバトラーの説く反ユダヤ主義のもと、白人至上主義国家の建国を目指している。さらに、バトラーはヒトラーを尊敬しており、彼らは最近ネオナチ色を急速に強めている。反ユダヤ、ナチズム、終末論といった特徴を持つこの「アーリアン・ネーションズ」の思想は、ネオナチ思想の典型とも言える教義である。

 


リチャード・バトラー(中央)

 

●バトラーの存在は他のネオナチたちにも影響が大きい。

彼の開催する「アーリアン・ネーションズ国際大会」は毎年ハイデン・レークで開かれ、全米各地からアイデンティティ派のネオナチたち数百人が参加してくる。過去の参加者としては、トム・メツガー、ウィリアム・ピアスをはじめとするほとんどのネオナチの大物が顔を揃える。この大会では、人種差別を賛美する講演の他、ゲリラやテロリズムの講座が開かれ、参加者にネオナチ革命の推進が訴えられる。

なお、現在バトラーは高齢ということもあり病気がちで、「アーリアン・ネーションズ」の実際の運営は、元KKK「テキサツ・ナイツ」の指導者だったルイス・ビームの手に移りつつあるという。

 


ルイス・ビーム

 

●「アーリアン・ネーションズ」は現在盛んに外国のネオナチとの交流を進めている。

彼らはドイツのネオナチ組織「NSDAP−AO」と連携を開始。「NSDAP−AO」はドイツで発行を禁止されているネオナチ文書をアメリカのネブラスカ州から大量に送り込んでいる組織である。これにより「アーリアン・ネーションズ」とドイツのネオナチとの連携が現在急速に強化されつつある。このため、「アーリアン・ネーションズ国際大会」には、最近カナダやヨーロッパからのネオナチの参加も目立っているという。

 


「アーリアン・ネーションズ」の女性メンバー

 

●「アーリアン・ネーションズ」の地下組織グループには、「オーダー」や「オーダー2」がある。

このグループは、1980年代にユダヤ人トークショーDJを殺害したほか、多くの事件(1986年の4つの爆弾事件を含む)を起こし、全米を震撼させた。このグループはネオナチのバイブル『ターナー日記』に登場する白人過激派グループ「オーダー」を真似したグループで、彼らは『ターナー日記』に出てくる白人革命のシナリオをそっくり実行に移そうとしていたのだ。「オーダー」と「オーダー2」のメンバーは全員逮捕され、現在も服役中である。

しかし、こうした数々の犯行にもかかわらず、「オーダー」と「オーダー2」の母体である「アーリアン・ネーションズ」には手が付けられないままだった。FBIは彼らを起訴するだけの有力な証拠を持ちあわせていなかったのである。

結局、「アーリアン・ネーションズ」は壊滅されずにその勢力を今日まで保ち続けることになった。

 

 
(左)「オーダー」のリーダー、ロバート・マシューズ。
1984年に、FBIとの銃撃戦で射殺された。
(右)逮捕された「オーダー」のメンバーの1人

 

 


 

■■第8章:その他のネオナチ・グループ


●現在ネオナチはアメリカばかりでなくドイツをはじめとするヨーロッパでも巨大な勢力を保持し、各国の大きな社会問題になっている。

ドイツのネオナチ・グループとしては、「ドイツ国民レジスタンス」や「国家主義戦線」、「NSDAP−AO」「国民リスト」「ゴルビッツ同志会」「プロシア人戦線」などが代表的なものとして挙げられる。現在のドイツのネオナチのメンバーは約10万人に達しているという。彼らは街頭でのデモはもちろん、外国人への嫌がらせや、時には殺人、放火なども行う。

 


ドイツのネオナチ・グループ(1990年)

 

●ドイツでネオナチが幅を効かせる背景には、彼らに暗黙の共感を覚えるドイツ大衆の存在がある。

戦後ドイツからナチス勢力は一掃されたといっても、何百万人いや何千万人いたというナチ党員やその協力者全員を処罰できたわけではない。処罰されたのは一握りの指導者のみで(その一部は外国に逃亡している)、戦時中にナチスに協力した者のほとんどはそのまま従来の職にとどまっている。そうした年配者たちの中には、ナチス時代を「古き良き時代」と懐かしがる者も多いという。こうした年配者の多くは、警察のトップをはじめとする重要な役に就いている。ネオナチに対する警察の追及が及び腰になるのも当然であろう。

 

アメリカのネオナチ組織

 

●今まで「ナショナル・アライアンス(国民同盟)」、「ホワイト・アーリア人レジスタンス組織(WAR)」、「アーリアン・ネーションズ(アーリア人国家)」の順で、アメリカの巨大なネオナチ・グループを紹介してきたが、他にも有力グループがアメリカには存在している。現在その勢力は不気味な拡大を見せ、アメリカだけでも200グループ、2万5000人の中核メンバーを中心に約20万人の支持者を擁していると言われている。

他の有力グループとしては以下のようなものがある。


◆「リバティ・ロビー」(ウィルス・カート)

◆「創造者教会」(ベン・クラッセン)

◆「ジョン・バーチ協会」(ロバート・ウェルチ)

◆「ポシー・コミタータス」(ヘンリー・ビーチ)

◆「白人愛国党」(グレン・ミラー)

◆「人民党」(ウィルス・カート)

◆「アメリカン・フロント」

 

  
(左)「ポシー・コミタータス」のシンボルマーク
(右)「アメリカン・フロント」のシンボルマークとそのメンバー

 

●1950年代から存在する「リバティ・ロビー」はウィルス・カートによって設立された古参の白人至上主義者グループである。

この「リバティ・ロビー」はそのメンバーから多くのネオナチのリーダーを生み出しており、そこから派生した「全米青年同盟」はウィリアム・ピアスの「ナショナル・アライアンス」の元ともなっている。

「リバティ・ロビー」の主張はアメリカの孤立を掲げる排外主義と人種差別に特徴がある。ネオナチ・グループのご他聞に漏れず、彼らは国際ユダヤ資本と黒人を攻撃。白人層の喝采を浴びているグループである。彼らの活動は出版中心で他のネオナチ・グループほど過激ではない。しかし、全米ラジオ放送局を持ち、その機関誌『スポット・ライト』は数十万部に上る発行部数を誇っていると言われるほどである。彼らは全米でもっとも資金力のある極右グループとも言われ、現在でも数万人の巨大勢力を擁している。


●これらの大グループに加え、ネオナチには数多くの小グループも存在している。

「アーリアン・ネーションズ」のように全米に拠点を構え数千人のメンバーを擁する所から、中には数人だけといった小さなものまで様々で、その実態の把握は非常な困難を極める。

さらにこれらに加え、全米各地には「スキンヘッズ」と呼ばれる多くのネオナチ・グループも存在する。こうした「スキンヘッズ」には若者が多く、頭を坊主頭にし、ナチスの旗を掲げる過激な行動で名高い。彼らの戦術はターゲットである黒人やユダヤ人への火炎瓶攻撃や爆破、時には殺人といった過激なものから、建物にスプレーで人種差別的スローガンを書き付けたり、怪文書を送り付けたりするなど様々である。最近の失業などの現実社会に対する不満から、こうしたグループに走る若者が多いという。

こうした「スキンヘッズ」グループの数は全米で数え切れぬほどあると言われ、多くは短期間に出現しまた消えていき、その中で多くのものが「WAR」などのより大きなネオナチ組織に吸収されて行くという運命を辿るのである。

 


ナチスの軍旗を掲げ、「WHITE POWER」という文字と
カギ十字マークのついたシャツを着るアメリカの若者たち
 
※ こうした「スキンヘッズ」グループの数は
全米で数え切れぬほどあると言われている

 

●なお、米軍内部にもネオナチが深く侵入している。

例えば、ノース・カロライナのフォート・ブラッグ基地はネオナチの温床ともいわれるところで、ネオナチ組織「白人愛国党」が多くのメンバーを抱えている基地である。ここでは80人近い特殊部隊の兵士のグループにより白人至上主義の人種差別的雑誌『レジスター』が発行されている。

過去にこの基地からは、対戦車砲や超高性能爆弾をはじめとする多くの兵器がネオナチに横流しされたという。さらに、これ以外の基地の兵隊の中にも、ネオナチは深く侵入しており、現在議会でもこれは大きな問題になっている。

 


「白人愛国党」のリーダーであるグレン・ミラー

 

 


 

■■第9章:全米に根を張る武装民兵組織「ミリシア」


●ネオナチと同様に、地方レベルで連邦政府への反発などを理由に、近年急速に勢力を広げてきたのが武装民兵組織「ミリシア」である。

ミリシアとは英語で「市民軍」を意味する。アメリカにはもともと、独立戦争で先頭に立ってイギリス軍と戦った「ミニットマン」という民兵組織があった。一般の民衆が銃を持って国のために戦うというのがアメリカ建国以来の伝統であり、銃の所持が認められているのもそんな歴史的背景がある。

近年のミリシアの起源は1960年代にウィリアム・ゲールによって作られた「カリフォルニア・レンジャーズ」がそれにあたる。


●ミリシアが拡大の兆しを見せたのは、1980年代半ば、連邦政府が農業政策の一環でオクラホマの農家に農地の拡張を勧めたのがきっかけだった。

この時、連邦政府の甘い言葉に従い、連邦政府の提供するローンで多くの農民が土地を購入した。しかし、その後農産物の相場が暴落、作柄も不作で、農民たちのローンの払いは滞ってしまった。これに対し連邦政府は農民の土地を取り上げるというひどい仕打ちに出た。こうして連邦政府の勧めで土地を購入した農民たちは、気の毒にもホームレスになってしまったのである。

このニュースで、中西部の農民の連邦政府に対する不信は一挙に拡大した。こうした反連邦政府感情に、アイデンティティ派の牧師の教える終末思想が結び付いたクリスチャン集団が相次いで地方に誕生した。これがミリシアである。そんな訳で、ミリシアには農民を中心とする地方の組織が多い。そして、1993年の「ブランチ・デビディアン事件」で連邦政府に対する地方の白人たちの不信感はさらに増大、ミリシアの勢力は一気の拡大を見せる。

 


ミリシアのスポークスマン
ボブ・フレッチャー

 

●ミリシアの代表としては、「ミリシア・オブ・モンタナ(MOM)」がある。

アメリカでも最も保守的な州の1つと言われるモンタナ州に拠点を置く「MOM」は、1992年の「ランディ・ウェバー事件」に反対して、ジョン・アンド・デビッド・トローチマンによって設立されたグループである。このトローチマンはもともとネオナチ組織「アーリアン・ネーションズ」と関係のあった人物である。

ミリシアの組織は地方単位で、全米組織としての彼らの連携はない。なぜなら、彼らは連邦政府の存在自体を否定し、「郡」を自治の最高単位にしているためだ。そこで、「MOM」はその卓越した情報網を使って他の地方のミリシアの組織化に力を貸している。「MOM」はミリシアの「中枢センター」としての役割を担っているのだ。

 


武装したミリシアのメンバーたち

 

●ミリシアの特徴は徹底した武装にある。

彼らの武器は何万丁という銃はもちろん、AK−47といったマシンガン、大量のダイナマイト等の爆弾と物凄い。一部の人間が武装していたオウム教団とは違い、ミリシアは老人から子供に至るまで全員が銃で武装しており、その武装ぶりはオウム教団を完全に凌いでいる。彼らは独自の軍事訓練を行い、武装的には準軍隊並みのところもある。

 

 
(左)ナチスのカギ十字を配したジャケットを着込んで軍事演習を行うミリシアの隊員
(右)銃器とアメリカ国旗の前に立ってポーズをとるミシガン・ミリシアの隊員

 

●最も過激なミリシアと呼ばれている「MOM」は、ユダヤ世界金融エリートによる新世界秩序への恐怖感を中心にしている。

彼らは、ユダヤの世界政府構想にのっとった連邦政府による銃狩りや国連によるアメリカの乗っ取りなどによって引き起こされるユダヤとの最終戦争「ハルマゲドン」の到来を信じているのである。

ミリシアたちの行動は、来たるべき「ハルマゲドン」から自分たちを守ろうという「サバイバリスト」の思想がその基本にある。彼らの多くは「怒れる白人」からなり、現在「MOM」は全米に1万2000名のメンバーを擁している。

 

 

●現在全米には、地方単位でこうした様々なミリシアが活動しており、1995年現在で39州に224のミリシア・グループが活動しているという。このうちミシガン州が30と最も多く、次いでカリフォルニア州に22、アラバマ州、コロラド州が20、ミズーリー州、テキサス州が14、フロリダ州が13と続いている。

このうち45のグループはネオナチなどの白人至上主義者グループとの強いコネクションを持ち、特に「アーリアン・ネーションズ」の強い影響を受けているという。これらのミリシアは現在急速に組織を拡大しており、1995年には全米に15万人のメンバーを擁し、シンパは50万人に達していると言われている。

ミリシアのスポークスマンであるボブ・フレッチャーによれば、ミリシアはアメリカばかりでなく、オーストラリア、中国、そしてチベットにも組織され始めたという。

 

 


 

■■第10章:白人至上主義者たちの反日感情と反日活動


●戦後日本が、アメリカにどんどん進出し、アメリカに日本製品が溢れだすと、彼らが世界一だと思っていたアメリカの家電産業は崩壊に追い込まれてしまった。そして、日本製自動車も次々と水揚げされ、ビッグ3の売り上げも減少すると、大量のレイオフが行われ、失業者があふれだした。

全米各地では有名なビルが日本企業の所有となり、コロンビア、MCAといった映画会社も日本企業に買収されると、「アメリカの魂を日本が買った」とさえ言われるようになった。


●白人至上主義を掲げ、白人のやることだけが最高だと思っていたネオナチにとって、こんな日本の突出ぶりは面白くなかった。

「確かに日本人はやり過ぎた」とネオナチは言う。「まるでユダヤ人だ──」。

金だけを目的に巨大に膨れ上がり、世界各国に現地法人を構える日本企業は、ユダヤの多国籍企業と瓜二つだと彼らは言う。

 

 
1980年、日米摩擦華やかなりしころ、日本車を打ち壊すアメリカ人

 

●「公民権法案」で人種差別が厳しく禁止されているアメリカでは、公にはアメリカ人は差別的言動は一切しない。彼らは表面では「日本人は素晴らしい」と両手を挙げて歓迎するふりをする。しかし、自分の仲間だけになると、激しく日本人の悪口を口にする人がいる。

もちろん、良心的なアメリカ人は多くいる。根っから日本好きのアメリカ人もいるし、あらゆる偏見や人種差別をなくそうと積極的に努力している人も多くいる。しかし、そういった事から背を向けて、自らすすんで白人至上主義に染まっていく人がいることもまぎれもない事実なのである。

白人至上主義に染まっている人からすれば、白人以外の人種は「泥人形」であって劣等的な存在でしかないという。ユダヤ人に対しては特に「悪魔の子孫」と呼んでいる。彼らは日本などに興味もないし、遥かに遠い存在なのである。



●ここ最近、アメリカのKKK、ネオナチ、ミリシアといった白人至上主義者グループは他民族に対する攻撃をエスカレートさせている。その証拠に、1993年には全米で7684件のヘイトクライム(人種的理由による犯罪)が発生しているのだ。

1993年、日本人を含めた30人以上のアジア人が人種差別的な動機で殺され、翌1994年にはアジア人へのヘイトクライムが452件と35%も増加した。1995年のロサンゼルス郡の対アジア人ヘイトクライムも53件と、なんと83%の増加である。統計では、南カリフォルニアに住むアジア系住民の実に21%がヘイトクライムの被害を受けているのである。

「全国アジア系アメリカ人法律協会」が発表した「1995年・アジア系アメリカ人に対する暴力報告」によれば、1995年のアジア人へのヘイトクライムはさらに増加しており、凶悪化しているという。

 

 

●また最近では、こうしたアメリカの状況を知らない日本人留学生や旅行者が、ネオナチの犠牲者になる例も増加している。

1989年5月、テネシー州スイートウォーター市のテネシー明治学院正門前で、高さ2mの木製の十字架が燃やされた。「燃える十字架」は、KKKのシンボルで、襲撃を加える前の「警告」を意味する。この高校は、全米初の全日制日本人高校として開校したばかりだった。同学院は、思わぬ事件に大きな衝撃を受けた。千葉校長は「この一帯に白人至上主義の伝統が残っているとは思ってもいなかった」と語った。


●1990年10月には、コロラド州デンバーで地元に開校した帝京大学ロレッタハイツ校の6人の日本人学生が、公園にいるところをバットなどで武装したネオナチの若者に襲撃され、負傷した。

デンバーはネオナチの影響の非常に強いところで、スキンヘッドの「プロパガンダ・マシン」「アメリカン・シチズンズ・ミリシア」「ナショナル・ムーブメント」「反ブラウン・ペリル学生連盟」などが本拠を置く保守色の強い町である。


●このデンバーから程近い同じコロラド州のボルダーでは、1995年の2月に日本人留学生の青柳裕子さんが白人青年に殺され、惨殺死体となって畑の中で見つかった。犯人の仲間にネオナチのメンバーが混じっていたという。

ボルダーはデンバーよりもさらにネオナチ色が強いと言われる白人の町で、ここには「ボルダー・カウンティ・ミリシア」「ガーディアンズ・オブ・アメリカン・リバティーズ」「パラディン・アームズ」などのミリシアが拠点を置いている。こうした保守色の強い町なので、白人ばかりの陪審員たちが犯人を無罪にするのを恐れて、結局、青柳さんのお父さんは司法取り引きに応じ、犯人は死刑を免れている。



●1992年の2月、中京大学の松田学長が、ボストンのウェスティン・ホテルに滞在中に何者かに殺害された。

覆面をした男は同学長を射殺した後、何も取らずに逃亡したという。ボストンはスキンヘッド・グループの「ブルーダー・シュウェイゲン・タスクフォース3」や「イースタン・ハンマー・スキンズ」が本拠を置く知る人ぞ知るネオナチの町である。この事件は現地の一部でネオナチの仕業と言われている。

また、同じ月にカリフォルニア州ベンチュラ郡のカマリオでは、投資コンサルタントの日本人の開発業者が何者かに殺されている。殺人現場では刃渡り25センチのナイフが発見された。被害者は「日本人のお陰でアメリカの経済がダメになり、アメリカ人が職を失っている」という人種差別主義者の恐喝を受けていたという。この殺害された日本人はマーシャル・アーツの達人であるにもかかわらず、ナイフの一撃で殺されており、犯行は相当な腕のたつ者の仕業と見られている。


●事件のあったベンチュラ郡は白人の町で、ロサンゼルス暴動のきっかけとなった「ロドニー・キング氏暴行事件」の犯人の白人警官に対する裁判が行われたところである。

この裁判では白人が多数を占める陪審員が白人警官への無罪判決を出してしまい、怒った黒人によるロサンゼルス暴動のきっかけとなってしまっている。裁判の行われたシミバレーはカマリオのすぐ近くで、殺人のあった年にはリチャード・パレットの「ナショナリスト・ムーブメント」というネオナチ・グループの大行進も計画された町なのである。



●全米でもっともネオナチの強い場所の1つといわれるカリフォルニア州オレンジ郡のハンチントン・ビーチのレストランでも、同じことが起こっている。

日本人の若い女性の3人組がそのレストランに入った途端、白人の女たちに「ジャップ!」と罵声を浴びせられ、髪をつかまれて追い出されたのだ。これを見ていた他の白人客や店員も、止めるどころか「もっとやれ!」とはやしたてていたという。

このハンチントン・ビーチはサーフィン映画『ビッグ・ウェンズデー』で有名なサーフィンのメッカで、海沿いの美しい町である。しかし、ここは同時に白人の町で、「ウィ・ザ・ピープル」というミリシアの本拠地でもある。町の中心のメイン・ストリートはスキンヘッズが徘徊するので名高い。1996年の2月には、エリック・アンダーソンとシャノン・マーチン、および17歳の少年の3人のKKKが、海岸で出くわしたインディアンの青年をナイフで27回も刺して瀕死の重傷を負わせている。彼らはその前にも、町で日本人に対して悪態をついていたという。


●ネオナチに詳しい専門家は次のように述べている。

「アメリカでは一般に白人の多いところほど裕福で安全なエリアと言われている。たしかにその通りなのだが、有色人種にとっては少し話が違う。実はそういったところほどネオナチ色の強いところだからだ。彼らは少しでも有色人種が入ってくると、様々な嫌がらせや時には身体的危害を加えて、そこから追い出そうとする。だから、それを知っている黒人などは絶対にそんなエリアには住まない。

ところが、日本人と来たら何も知らずに『まあ、素敵で安全そうなところ』と言ってそういう町にわざわざ住もうとするのである。『知らぬが仏』とはこのことである」



●1992年10月17日、ルイジアナ州バトンルージュで、「フリーズ」という言葉とともに衝撃をもって報道された日本人射殺事件が起きた。

この事件はバトンルージュに留学中の服部剛丈君がハロウィンの夜にパーティーの家と間違って隣家のドアを叩き、家人のロドニー・ピアーズの「フリーズ!」(動くな)という警告が分からずに射殺され、大きな関心を集めた事件である。

 

 
(左)服部剛丈君。バトンルージュに留学中、射殺された。
(右)ロドニー・ピアーズ。KKKのメンバーだった。

 

●このルイジアナはかのデビッド・デュークの「ナイツ・オブ・KKK」の本拠地だったところで、アメリカにおけるネオナチの温床の1つである。特にバトンルージュは「ハイル・ビクトリー・スキンヘッズ」というスキンヘッドが本拠を置くネオナチの町である。ロドニー・ピアーズ本人もKKKのメンバーだったという。

翌年5月に開かれた裁判で、白人住民で構成された陪審員による評決は全員一致で「正当防衛」で無罪。

裁判官が無罪評決を読み上げると、ピアーズ被告は家族と抱き合い、その周りで歓声と拍手が上がったという。(しかし、その後の損害賠償訴訟では服部君の遺族が勝訴した)。

 

 


 

■■第11章:アメリカ保守層の根強い支持


●KKK、ネオナチ、ミリシアといった白人至上主義者グループを陰で支えているのは、巨大な政治グループであるアメリカの極右勢力である。アメリカのリッチな保守層を代表する彼らは、巨大な資金源と政治的影響力を持った大勢力である。

彼らは議会で多数派を占める共和党を動かし、彼らの支持する保守政策を強力に押し進めている。

 


1987年のココム違反事件に際して、
東芝のラジカセを叩き壊すアメリカ議員たち

 

●彼らの多くはキリスト教の原理主義を信仰し、反中絶、反リベラル、反移民、反バイリンガル教育といった様々な分野でネオナチと路線を同じくする強力なキャンペーンを展開している。

アメリカの動きは彼らの動きを抜きにしては語れないほどだが、彼らの一部が直接、間接にネオナチを支持しているのはまぎれもない事実である。


●彼らの対有色人種攻撃としては、まず黒人を始めとする少数民族を優遇する「アファーマティブ・アクション」(公共機関などで少数民族の雇用や就学をある一定率まで強制的に高める法律)に対する廃止計画がある。

また、民族の多様化を目指すバイリンガル教育に対しても、英語を公用語化する「イングリッシュ・オンリー」を主張する運動が彼らにより強力に推進されている。この「イングリッシュ・オンリー」政策は、ヒトラーの「ニュルンベルク法」でドイツ語を公用語とした政策に源を発した運動である。この運動では、「USイングリッシュ」「イングリッシュ・ファースト」といった保守派グループが、巨大な資金力と政治力を用いて積極的な促進運動を展開している。


●さらに中絶問題では、中絶反対テロ組織「オペレーション・レスキュー」を中心とする反対勢力が全国的に中絶反対運動を展開しており、中絶医院の回りを取り囲んで、患者のアクセスを妨害するなどの強硬な反対運動を押し進めている。また反移民運動でも、共和党右派を中心にメキシコとの国境警備隊の強化を求めたり、不法移民を公共サービスから締め出そうとする運動が展開されている。


●ネオナチヘの同調者は議会にも多い。

アメリカの伝統的保守グループである極右勢力は、議会では主に共和党の右派勢力が代表している。テキサス州選出のスティーブ・ストックマン下院議員やワシントン州選出のジョージ・ネザーカット下院議員、アイダホ州選出のヘレン・チェノウェス下院議員などはミリシア支持の言動が多く、選挙でも白人至上主義者的スローガンを掲げて当選を果たしている議員たちだ。

また、共和党アイダホ州選出の上院議員ラリー・クレイグ、ノースカロライナ州選出のローチ・フェアクロス上院議員も、日頃からミリシア寄りの言動を繰り返している。


●また、アメリカの短波放送は、多くの愛国的かつ人種差別的な番組を放送していることで名高く、「右翼のCNN」と呼ばれているほどである。中でも有名なのが、キャスターのマーク・カーンケである。彼は右翼のダン・ラザー(CBSのトップキャスター)と呼ばれるほどで、反移民、反中絶といった右寄りのコメントを電波に乗せていることで知られている。ほかには牧師のビート・ピータースも人種差別的放送で名高い人物である。


●アメリカの内部事情に詳しい専門家は次のように述べている。

「ナチスがドイツの政権を握ったのは、彼らが一部の過激な政治集団だったからではない。ドイツでは、昔からドイツ民族(アーリア人)を最高のものとする『ドイツ主義』という考え方が支配的だった。一方、ナチスの思想もミュンヘンの財閥を中心とするドイツ保守勢力の考え方である『ドイツ主義』とその根本を共有していた。ナチスは決してドイツの一部の過激集団ではなかったのである。彼らはドイツそのものだったのである。

同様に、アメリカのネオナチも決して一部の過激派集団ではない。彼らの背後には、ネオナチと根本的に同じ思想──白人による社会支配を目指し、厳格なキリスト教原理主義と社会秩序を擁護し、同性愛、中絶、ロックンロールや黒人・女性の解放などのリベラル政策を嫌悪するなど──を共有するアメリカ開国以来の保守本流層が存在しているのである。こうした保守層は現在の連邦政府によるリベラル政策をネオナチ同様に心の底から嫌悪している人々なのである。

アメリカのネオナチの本当の恐さは、一部のカルトや一部の跳ね上がり分子による運動ではなく、彼らの活動が、こうしたアメリカの主流を占める保守グループとその政策を共にしている点にある」



●今後、アメリカの白人至上主義勢力がどのような動きを展開させていくのか、アメリカ一国の問題ではなく、“世界の将来”に影響を及ぼす問題だけに絶対に目が離せないだろう。

 

─ 完 ─

 


 


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