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No.a6fhd831
作成 1998.3
以下のテキストはU氏が1984年に書いたレポートである。
U氏は東京大学文学部卒でスタンフォード大学にて超心理学を学び、
広く欧米やエジプト、インドなどに足を伸ばし、世界各地の
神秘思想を研究している方である。
■バプテスマのヨハネの流れを汲むユダヤ老修行僧
私(U氏)は、ユダヤ人の『死海文書』研究家ヤディン氏から、ある僧院で今も2000年前の「クムラン教団」の僧たちとほとんど同じ暮しぶりを続けているひとりの修行僧がいることを教えられた。
バプテスマのヨハネの流れを汲むというその僧院は、聖書の時代からの古い町エリコにあった。僧院はあのマサダの砦にも似た断崖絶壁を背にしていたが、驚いたことに、頂(いただき)近くの洞窟の中で、ひとりの高齢の修行僧がまったく世俗との交渉を断って、瞑想三昧の生活を送っているという。
(左)死海周辺の地図 (中)死海のほとりにあるクムランの洞窟。大量の『死海文書』が発見された。
(右)死海の近くにあるクムランの僧院跡。ここで信徒たちは厳しい修行を積み、『死海文書』を著した。
※ ちなみに「クムラン教団」は、ユダヤ教の一派である「エッセネ派」に属する教団である。
そこで、イスラエルでの日程も押しつまったある日、思いきってこのガブリエルという名の修行僧に会ってみることにした。すでに今はない「クムラン教団」の面影をしのぶことができるのではないか、と思ったからだ。
バプテスマのヨハネは、「クムラン教団」の出身者キリストを教え導いた聖者である。その流れを汲む修行僧となれば、はるか2000年前の「クムラン教団」の預言者たちの生活ぶりをしのぶことができるかもしれない。私は期待に胸をときめかせた。
ローマ帝国内部で急速にキリスト教が拡大していくにつれて、エッセネ派をはじめとするユダヤ教の諸派は勢力を失っていった。だが、カライテ派のように、ローマ帝国以外の領土内に移り住んで、息を吹き返す勢力もあった。その一部はロシアにまで広がっている。
◆
ちなみに、ロシアには、ユダヤ民族でないユダヤ教徒も存在している。10世紀ごろに成立した黒海北岸のハザール王国がそれである。彼らはトルコ系の民族であったが、南からイスラム教のアッバース朝帝国、西からはキリスト教のビザンチン帝国の挟撃を受けて、それぞれの宗教への改宗を迫られていた。どちらの宗教に改宗しても、一方の宗教からの圧迫を受ける。こうした判断から、このハザール王国はなんとユダヤ教に改宗してしまったのである。今日、ソ連や東欧に住んでいるユダヤ教徒の多くが、実はこのユダヤ系トルコ人であるといわれている。
ともあれ、ユダヤ人は、東ヨーロッパから西アジア一体に広がっていき、ユダヤ教もまたこの地域に拡大していった。
10世紀前後のヨーロッパとオリエント
この私が訪れた僧院は、今はギリシア正教に属しているが、構成員はユダヤ人で、ビザンチン帝国時代のころ、強要されたキリスト教を表向き受け入れた「隠れユダヤ教徒」の流れを汲むものであることは明白だ。
訪れた僧院では、敬虔(けいけん)なミサが行われていた。私は、玄関口で私を迎えてくれた白衣の僧に、洞窟に住むガブリエル師に会えないものかと尋ねると、師は週に1度だけ祈りを捧げるため以外には、この僧院にも降りてくることはないという。
私が当惑していると、突然、背後で人の気配がし、そこに背の高い黒衣の僧が立っていた。
それがガブリエル師であり、彼は、私が来るので下で待っていたといって笑った。
こんな奇妙な体験は初めてである。
いったいこの禁欲の修行僧はどうして私がやって来るのがわかったのだろうか。
◆
ガブリエル師は深いまなざしで凝視すると、私をうながして裏山に向かった。
梯子を伝って絶壁の中腹にある洞窟に入るまで、氏はひと言も口をきかなかった。洞窟の入口から見た下界は、目もくらむばかりだった。
師によれば、水と食糧はロープで運ぶのだという。洞窟の内部はほの暗く、目がなじむまでしばらく時間がかかった。中は予想以上に広かった。部屋の中央には祭壇があり、ろうそくの炎が燃えていた。その向こうにはいくつか小部屋が見えていた。師の話では、かつては何人もの修行僧がここで暮らしていたが、今では自分だけだという。
私が改めて感じたガブリエル師の印象は、信じられないほどの若々しさをもっているということだった。
85歳になると聞いていたが、せいぜい40歳くらいにしか見えない。
どんな秘密が隠されているのだろうか。
■日本に興味を示すユダヤ老修行僧
この若々しい老人は、日本人を見るのは初めてだといった。
師は、面談の当初、並々ならぬ関心を日本に向けた。仏教系密教についてあれこれと尋ねた。
僧侶たちはどんな暮しぶりかとも聞いてくる。私がインタビューを受けているような錯覚に陥るほどだった。
師は、日本についてある謎めいたことを語った。日本で何かが始まっているというのだ。
私は、その意味がつかみかねた。そのことを質(ただ)すと、師はただ笑って、いまにわかるとだけいった。
師は、私(U氏)に会うわけは、私は宗教家ではないが重大な媒体の役目を果たしているからだという。私は、『死海文書』を探っていることを指しているのかもしれないと考えた。そこで、そちらに話を向けるために、先日クムランの僧院跡を訪ねたときのことに話題を向けた。私がこの遺跡で不思議な霊感を受け、奇妙な幻視をしたことを告げると、ガブリエル師はあそこは地磁気のもっとも強いところだと語った。
地磁気が強いと、生体内に潜むある種の霊能力が活性化され、思わぬ体験をすることができるというのだ。
このオアシスの町エリコの洞窟に潜んでいるのも、ここがきわめて地磁気が強いからだという。
「地磁気は、この世界のあらゆる成り立ちを解く鍵ですよ」
師は、そういって私をじっと見つめた。
さらに、「時間や空間の謎さえ、地磁気によって解き明かすことができる」と断言する。
◆
彼によれば、死海西岸に匹敵する地磁気の強い地点は、チベットくらいしかないのではないか、というのだ。
私は、あまりにオカルトめいた話ぶりに、いささか拒絶反応を感じたが、彼の話を最後まで聞いてみることにした。
ガブリエル師の話では、地磁気の知識はユダヤ密教の奥義のひとつだが、ユダヤ人にはまだまだ隠れた超科学があるという。そのひとつが、『死海文書』の表面に塗られていた未知の防腐剤で、これは今の科学ではその成分がわからないはずだということだ。
彼によれば、世界的なユダヤの科学者は、意識的、無意識的にこの伝統の密教科学を受け継いでいるという。アインシュタインの相対性理論も、フロイトの性理論もユダヤ民族の「カバラ科学」の一断片にすぎない、という。
だが、彼はそんなものは人間にとってさして重要なことではないと語った。
「神への敬意と人間への愛、これこそがすべてです」
彼はそういって、十字を切った。
私は重要なことを忘れていた。彼はギリシア正教の僧侶だったのである。たとえ、中世においてキリスト教を強要されたユダヤ人であるとはいえ、彼は今や自らの意志で選んだれっきとしたキリスト教徒なのだ。
私は、彼の中に自らの血であるユダヤ民族に対する批判の影を見たような気がした。
私はそのことを率直に尋ねてみた。
(左)イスラエル(パレスチナ地方)の地図 (右)イスラエルの国旗
※ ユダヤ人の国イスラエルは、戦後1948年5月に中東に誕生した
「あなたは、シオニズム運動については、どう思われますか?」
彼はこんな答え方をした。
「あなた方東洋の宗教にはカルマ(業)の教えがあるでしょう。因果応報ですよ。ユダヤ人の歴史は、迫害の歴史です。バビロニアの時代からついこのあいだのナチス・ドイツに至るまで、ユダヤ民族は他の民族にひどい目にあわされてきた。
だからといって、アラブ人が長いあいだ暮らしていた土地を取りあげて、ここはわれわれの先祖の土地だから出ていけ、というのは間違いです。因果はめぐる。今度は必ずアラブ人から復讐を受けるでしょう……」
ユダヤ人の口からこんなことを聞こうとは、思ってもみなかった。
「ユダヤ人は被害妄想です。そして、同じ被害妄想の民族にロシア人がいる。私は彼らを恐れています」
ガブリエル師の目が一瞬くもった。
私は彼が何かを予感していることを察した。だが、彼はそれ以上は何もいわなかった。
「私は日本人に期待しています。日本人はユダヤのカルマの対極にいます。あなた方が新しい流れをつくっていかなくてはならない」
私は、イスラエルと日本の遠く離れた2つの国の未来を思った。
ガブリエル師と話を続けていくうちに、私はこの老僧の人柄にいつしか強くひかれていくものを感じた。
彼は世界を見ている。世界の未来に憂いを感じているのだ。
私は、『死海文書』にその未来は描かれているか、と尋ねた。
彼は黙ってうなずいた。
「あれは、ユダヤの預言者の全精力を結集したものです。あれには、すべてが書かれている。だからこそ、すべての内容を明らかにしてはまずい、と彼らは考えたわけです」
「彼らとは──?」
「ユダヤの長老たちとメイソンです……」
〈後略〉
1947年に死海のほとりのクムランの洞窟から発見され、
センセーションを巻き起こした『死海文書』(死海写本)
【NEXT】
(工事中)
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