No.b1fha666

作成 2001.8

 

ヒトラーの「究極兵器」と
「マインド・コントロール計画」


〜 「ナチス」と「オウム」を結ぶ黒い影 〜

 

 

第1章
「AHS」と「超人」開発の謎
第2章
「オウム事件」とナチス
第3章
「MKウルトラ」実験の実態
第4章
オウムの狂気的な洗脳テクニック
〜 人格改造された“ロボット人間”たち 〜
第5章
恐怖の「人格改造兵器」=「洗脳兵器」

おまけ
ロシア・北朝鮮にまで及ぶ
「闇のコネクション」

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■■■第1章:「AHS」と「超人」開発の謎


■■ヒトラーが語った魔の「究極兵器」


●第二次世界大戦末期に、ヒトラーはインナー・サークルの中で、自分が予見した魔の「究極兵器」について、次のように語ったという。


「諸君、近い将来、我々は『究極兵器』を持つようになる。かつて私は、それを細菌かウイルスだと考えて諸君に話したことがあったが、今では、もっと強力なものが見えている。『心理兵器』『意志兵器』がそれだ。『特殊な電磁波』を媒体として、我々自身の意志をそのまま兵器にする。それは敵に命令し、少なくとも敵を無力化させ、我々の望む通りに動かす。軍隊に限らず、人類全体をそのようにできる。

今、『アーネンエルベ』『AHS』でその研究をさせており、目鼻はすでについている。それさえ完成すれば、べつに毒ガス核兵器など使わなくても、戦わずして我々はあらゆる敵を、人類全体を支配できるようになるだろう」

 


アドルフ・ヒトラー

 


■■謎の教育機関「アドルフ・ヒトラー・シューレ(AHS)」


●上のヒトラーの発言の中で「アーネンエルベ」「AHS」という名称が出ているが、「アーネンエルベ」とは、正式名称を「ドイチェス・アーネンエルベ(ドイツ古代遺産協会)」といい、50もの部局をもつ、俗にナチスの「オカルト局」と呼ばれた組織である。

もう一方の「AHS」は、正式名称を「アドルフ・ヒトラー・シューレ」(アドルフ・ヒトラー学校)といい、将来のナチ党幹部を育てるための「エリート教育機関」のことである。1937年に開校し、敗戦までに12の学校が作られたといわれている。

 


「AHS」の開校記念式典の様子(1937年)

 

●この「AHS」の実態は多くの謎に包まれている。

ある研究家は、この「AHS」は「超人」を開発するための機関だったとして、次のような説明をしている。

『AHS』の学生はドイツ全国の『ヒトラー・ユーゲント』から、13回にもわたる厳しい心身テストで選り抜かれた少数精鋭。それが南ドイツの秘密のキャンパスで、じつに怪奇な訓練や洗脳を受けていたらしい。らしい、というのは、ナチス敗戦の前、誰かの命令で校舎や資料は一切燃やされ、学生はどこかへいなくなっていたからだ。勝った連合軍も、ナチスのロケットは血眼になって探したが、教育機関にまでは目が届かず、ハッと気がついて駆けつけたときには、どの校舎ももぬけのカラになっていた。ただ、逃れ遅れた用務員などから、ほんのわずかの証言は聞き出せた。

それによると、彼らナチスの超エリート青年たちは戦闘訓練のほか、何か『未知の光線』の脳への照射、『特別な磁波』の中での瞑想、また『未知の薬』を飲む、といったことをやらされていたようだという」

「……その連中がそれでどれほど変わり、いま何をやっているのか私は知らない。が、現ヨーロッパきっての売れっ子の作家、フレデリック・フォーサイスが、ドキュメント小説『オデッサ・ファイル』の中で、この謎をほんの少しだけ採り上げている。

それによると、彼らナチスの超エリート青年たちは、何か分からない特殊な訓練と洗脳を受け、普通の人間以上の能力をいろいろ持つようになった。彼らはその能力を生かし、巧みに出世して、今ではドイツやアメリカやドイツ近隣の諸国で、政財界、マスコミなどのトップクラス、または巨大な黒幕としての地位を占めているという……」



●上で説明されているように、果たして「AHS」「超人」を開発するための機関だったのか?

正直なところ、分からない。しかしヒトラーが、「超人思想」の持ち主で、「超人(ユーベルメンシュ)」の開発に大きな興味を抱いていたことは確かである。超エリート青年たちの「マインド」を強化するためと称して、試しに特殊な薬品を飲ませてみたり、特別な磁波の中で瞑想させてみたりしていた可能性は否定できない。

そして、これらの生理学的・心理学的な研究を続ける中で、冒頭で紹介した「究極兵器」──「心理兵器」や「意志兵器」──のアイデアが思い浮かんできたのだろうと思う。

※ ヒトラーの超人思想について詳しく知りたい方は、
別ファイル「ヒトラーの超人思想の謎」をご覧下さい。

 

 
(左)は典型的なアーリア人の特徴を備えた
ナチスのエリート青年である。ヒトラーは、
「超人(ユーベルメンシュ)」の開発に、
異常な関心を持っていた。

 

●ちなみに、手塚治虫の作品『アドルフに告ぐ』(講談社)には、この「AHS」が登場している。

主人公であるユダヤ人と仲良しだった心優しい少年(アドルフ・カウフマン)が、「AHS」に入学して、そこで“教育”されて、冷酷なナチ・エリート隊員に変貌していく姿が生々しく描かれている。

 

  
手塚治虫の『アドルフに告ぐ』は、時代に翻弄される3人のアドルフの物語である。
この作品の中に「AHS(アドルフ・ヒトラー・シューレ)」が登場している。

※ 当時ナチスは3つのエリート養成校を創設していた。「AHS」と
「ナポラ(国家政治教育学校)」と「騎士団の城」である。「AHS」では、
少年たちは体育や人種学を学び、ヒトラーへの忠誠心を鍛えた。「ナポラ」では、
通常の授業のほかに軍事訓練も受けた。その際には、兵士としての精神、
義務、規律といったものに重点が置かれた。「AHS」や「ナポラ」の
卒業生のうち、優秀な者は、エリート養成のための最終学校
である「騎士団の城」に進むことができた。

 

●ところで余談になるが、エヴァ・ブラウン(自殺直前にヒトラーと結婚)は、自分の日記に次のような興味深い事柄を記している。

参考までに紹介しておきたい。

 


エヴァ・ブラウン

 

「ギースラー(ミュンヘンの大管区長官)邸へ行った。そこに、『我が闘争』の全文を暗記したという13歳の少年がいた。私たちはみんなで少年の記憶力を試してみた。少年はつかえることなくスラスラとそらで言った。もういい、と言うまで、あの分厚い本の内容を唱えつづけた。

客の一人が『ほかに暗記したものはないのか。詩はどうか』と聞くと、少年は『ない』と答えた。『詩なんて興味がない』と言った。するとエッサーは少年を前にしてこう言った。

『この子ならサーカスで食っていける。といっても、戦争に勝ったらの話だがね』と。そのとたん、雰囲気は急に重くなった。みんなの顔が一斉にこわばった。

エッサーは時々おかしくなる。帰りがけにも、こう言った。

『いくらヒトラー・ユーゲントを育てても、『我が闘争』を暗記するだけじゃね。ゲーテのことも知らない若者じゃね…』と。

また、『もし我々があんな子ばかり求めていたら、必ずや近い将来、強靭な精神と柔軟な思考を持つ自立心の強い人間はいなくなります。他人の意見や考えを受け売りする〈オウム人間〉ばかりになってしまいます』と。

彼の言うことはたしかに当たっている。でも、あんな利発な子が育っているかと思うと、頼もしくなってくる。」(エヴァ・ブラウンの日記/1944年、ミュンヘン)

 



↑ヒトラー政権下のドイツの青少年/性別と年齢に応じた区分

女性なら、10〜14歳で「少女団(JM)」、14〜18歳が「女子青少年団(BDM)」、
18歳〜21歳が「労働奉仕団」、そのあとは主婦となり母となる。男性なら、10〜14歳で
「少年団(DJ)」、14〜18歳が「ヒトラー・ユーゲント(HJ)」、18〜21歳が「労働奉仕団」か
兵役、そのあとは予備役、後備役が待っていた。なお、「ヒトラー・ユーゲント」は14〜
18歳までの区分を意味するとともに、他の年齢の区分を含む総称でもある。

※ 「ヒトラー・ユーゲント」についてもっと詳しく知りたい方は、別ファイル
 「ドイツの少年・少女たちとヒトラー・ユーゲント」をご覧下さい。

 

 


 

■■■第2章:「オウム事件」とナチス


■■ヒトラーを真似ようとした麻原彰晃の「黒い野望」


●上で紹介した「AHS」にまつわる話は、「オウム教団」を想起させる。

「能力開発」のためと称して、電極付きのヘッドギア「PSI」をはめていた信者たちの痛々しい姿が目に浮かんでくる。

彼らも一種の「超人願望」(超人幻想)にとり憑かれていたと思う。


●実際に信者の一人はこう語っている。

「私は自分の心の弱さに悩んでいました。私はヨーガ行者の有する超人的な体力と精神力に強く惹きつけられ、それがきっかけでオウムに入信したのです…」と。

 


「オウム教団」のシンボルマーク

 

●また、「オウム教団」は理科系の高等教育を受けたエリートの信者が多かったのが特徴だが、彼らは毒ガス研究のみならず、生物兵器の研究やDNA培養、遺伝子実験などを行っていた。

このオウムの科学者の姿は、ナチスの科学者とオーバーラップして見えてしまう。

 


麻原彰晃(本名:松本智津夫)


 
出家して富士山総本部の道場で修業するオウム信者たち


最初、「阿含宗」の修行者だった麻原彰晃は、1984年に東京都渋谷区に
ヨーガ道場を開場した。やがて彼は「自分はヨーガの修行によって超人的な能力
を有する人間で、他の人間とは異なる特別な運命を持っている」とのイメージに自己を
投入させ、原始仏教やチベット密教などの一部を混然と取り入れ、「オウム神仙の会」から
「オウム真理教」へと名称を変更して、「最終解脱者」としての自分の像を教団内に
確立しながら、自分の意のままに命令を実行する宗教団体を作り上げていった。

1989年に東京都から宗教法人として認可された「オウム真理教」は、
静岡県富士宮市に総本部を置き、日本全国各地に支部や道場を
設置した。ロシアやスリランカなど海外にも支部を置いていた。
信者は日本国内だけでも約1万人存在していたという。

 

いや、もっと正確にいうならば、「オウム教団」はナチスを積極的に模倣しようとしていたというべきかもしれない。

事実、「オウム教団」では「ヒトラーは偉い人」だと教えられていたし、ナチスばりの強烈な反ユダヤ主義が唱えられていた。また、彼らが1995年3月20日に地下鉄にばらまいた「サリン」は、ナチス・ドイツで開発された化学兵器だった。

 


1995年3月20日に起きた「地下鉄サリン事件」

営団地下鉄の日比谷線・千代田線・丸の内線の
3路線(5本の電車)に猛毒の「サリン」が撒かれた

 
乗客や駅員ら12人が死亡し、5510人が中毒の被害にあった


 
(左)「サリン」の構造式 (右)ナチス・ドイツの旗

「サリン」は1938年にナチス・ドイツで開発された「毒ガス兵器」である。
「サリン」という名称は、開発に携わったドイツの化学者シュラーダー (Schrader)、
アンブロス (Ambros)、ルドリゲル (Rudriger)、ファン・デル・リンデ (Van der LINde) の
名前を取って名付けられた。「サリン」は無色無臭の液体で、殺傷能力が非常に
強く、経口からだけでなく皮膚からも吸収され、直ちに神経に障害を起こす。

※ 「サリン」についてもっと詳しく知りたい方は、別ファイル
「ナチスの化学兵器の実態」をご覧下さい。

 

●オウムがこの「サリン」の事件を起こした時、盛んにメディアで取り上げられたのが「洗脳」とか「マインド・コントロール」という言葉であった。

教祖である麻原彰晃は、巧みに信者たちを「洗脳」して、自分の意思のままに命令を実行する“帝国”を作り上げていった。信者たちは、麻原彰晃による「洗脳」の“被害者”だった──。そう多くのメディアは報道した。

※ なお、「洗脳」(ブレイン・ウォッシング)という言葉は、もともとはアメリカ人ジャーナリストのエドワード・ハンターが作り出した造語である。彼は、1950年頃の朝鮮戦争の時に、中国共産側の捕虜になった国連軍将兵が受けた「思想改造教育」に対して、最初に用いたのである。

 

 
1995年4月3日号の米誌『タイム』の
表紙を飾った麻原彰晃

 


■■麻原彰晃の特殊なヒトラー観


●ちなみに、麻原彰晃は特殊なヒトラー観の持ち主で、「ヒトラーはわざと戦争に負けた」と考えていた。

彼は事件を起こす前に次のように語っていた。

参考までに紹介しておきたい。

「私は、ヒトラーは『わざと負けた形跡がある』と答えるであろう。ナチスの総統ヒトラーは、スターリングラードの戦い(1942年11月)前後から、現実を無視した異常とも言える指令を出し、敗戦を重ねていったとされている。これは、勝てるはずの戦いにおいても、自ら敗戦を演じていたのだとも受け取れるではないか。また、自殺したとされる彼の遺体も、はっきりと彼だと確認されたわけではなく、その死を疑問視する向きもあるのだ。

だったら、なぜ負けなければならなかったのか?

それは、私が書いた本『滅亡の日』でも触れているように、彼には未来予知の力があったからである。彼は世界の歴史の流れを読み、そのシナリオどおりに一人の登場人物としての役割を演じようとしたのだ。そして、その一方で、体力・知力ともに普通の人間よりはるかに優れた若者を選び出し、超エリート集団の養成を手掛けていたという史実もある。しかも彼は、ナチス系統から“救いの超人”が生まれると信じていた。彼が育てた超エリート集団の子供や孫が、その役を務めるのだ、と。 〈中略〉

ヒトラーが自分の運命に対して、全く抵抗できず、そして第二次世界大戦の中心的な位置に据えられ、そして悪名だけを着せられて去っていかなきゃならなかったカルマ、これと、私のカルマというものは、ひょっとしたら似てるのかもしれないな、という印象がある……」



●ところで、麻原彰晃はヒトラーのみならず、田中角栄毛沢東などについても若い頃から関心を抱いており、「東大を出て政治家になる」と言って、よく田中角栄の伝記などを読んでいた。

熊本県に住む麻原の実弟によると、「盲学校時代の兄貴は、寮から実家に帰った時も、毛沢東や仏教、手相などの本をちゃぶ台の周りに積み上げて深夜まで読書していた」という。

しかし、麻原は東大にも入れず、また選挙でも落選し、政治家になれなかった。



●テレビでおなじみの国際政治評論家の外添要一氏は、著書『戦後日本の幻影〈オウム真理教〉』(現代書林)の中で次のように述べている。

 


外添要一氏

 

「ヒトラーがドイツ国民から『マイン・フューラー(わが指導者)』と呼ばれたように、麻原彰晃もまた全日本人に『尊師』と呼ばれる夢を持っていたのであろう。そして、その夢を実現させるために、大ボラを吹き、人をだまし、テレビで大見栄を切り、パフォーマンスによって、虚構を現実に変えようとした。

ヒトラーと麻原を、ナチス宣伝相のゲッベルスと上祐を比較するのは、そのスケールからして、それぞれ前者に対してあまりにも失礼であるが、オウム真理教の場合、しょせんは毒ガスによってハルマゲドンを実現するしか手がなかったのである。

〈中略〉

ミュンヘン一揆(1923年)の失敗の後、ナチ党は議会制民主主義の枠内で党勢の拡大を図り、選挙という合法的手段によって、遂に第一党となり、1933年1月30日にヒトラーは首相に就任するのである。

その後は、一気に独裁への道を歩んでいくのであるが、合法的に政権を掌握したということは、宣伝の技術といい、演説のうまさといい、アドルフ・ヒトラーはやはり20世紀が生んだ政治的天才の一人であるということである。宗教ビジネスでカネを儲けようというだけのペテン師、麻原彰晃とは月とスッポンなのである。そのイカサマ男が大政治家ヒトラーを真似ようとしたところに無理があったのである。」

 

  

 
第三帝国を演出したプロパガンダの天才
ヨーゼフ・ゲッベルス宣伝大臣(文学博士)

ヒトラーの手足となって働き、当時の新しい
メディアである「ラジオ」を積極的に活用した

 


■■「洗脳」技術を巧みに操ったヒトラー


●ところで、ナチスの問題を考える時にも、オウム事件の時のような「洗脳」の問題が大きなテーマとして浮上してくる。

なにしろ、過去の指導者の中で、ヒトラーほど洗脳技術を巧みに操り、民族支配の道具にした指導者はいない。

ヒトラーの言葉の中に「大衆は理性で判断するよりも、感情や情緒で反応する」というものがある。この言葉は、暗示によって人々を一種の催眠状態に落とし入れて自分の意のままにするという、洗脳のパターンをよく認識した上での発言といえる。

 


「洗脳」技術を巧みに操ったヒトラー

彼の言葉の中に「大衆は理性で判断するよりも、
感情や情緒で反応する」というものがある

 

●例えば、ヒトラーは、演説の時間をなるべく夜8時以降にした。なぜなら1日の労働を終えた夜のほうが、疲労のために理性や思考力が鈍り、情緒的、感情的になって暗示にかかりやすくなるからである。

演説会場にも細心の注意を払っている。

まず、会場には大きなかがり火をいくつも焚き、神秘的なムードを盛りあげ、そのすぐ上空には何十機という重爆撃機がごう音をたてて飛ぶ。その飛行機を追う幾重ものサーチライトが夜空をこうこうと照らし出す。ハーケンクロイツ(カギ十字)の旗が風にたなびいて音をたてる。

もうこれだけで人々は立っていられないほど興奮してくる。

そして群衆がヒトラーの現れるのをまだかまだかとシビレを切らして待っていると、突然、ワーグナーの勇壮な音楽が鳴り響く。いやがうえにもゲルマン民族の精神的高揚が高まり、クライマックスを迎える。

ピタリと当たったスポットライトに照らし出されて、ヒトラーの登場である。

そして演説が始まるが、早口で語調も激しく、同じ内容を繰り返す。群衆は酔ったようになっているので、暗示の法則の反復が最もよく効く。

 



ニュルンベルクで開催されたナチスの党大会の様子



25万人を収容できる巨大な会場に、2万5000本のハーケンクロイツ(カギ十字)、
さらに実戦用のサーチライト130基が用意され、闇の中に光の大聖堂が作られた。
このサーチライトの光は上空8000mにまで達し、会場はまさに古代の
神話世界を彷彿とさせる、壮麗な異次元空間になったという。


同じくニュルンベルクの党大会で行われた「たいまつ行列」

党大会ではナチ党の神秘性と力強さをアピールする手段として、
光と闇のコントラストを巧みに利用した演出が行われたのである。

 

●『ヒトラー 暴政の研究』の著者A・バロックはいう。

「ヒトラーの聴衆をとりこにする力は、アフリカの呪術師やアジアのシャーマンのオカルト呪法にもなぞらえられた。また、それを霊媒の感応性催眠術者の力にたとえる者もいる」

 

 

●また、日本催眠学会の名誉会長である藤本正雄氏は、当時、ヒトラーの演説を直接見聞した時の感想を、次のように語っている。

「1933年、ドイツに留学していたとき、私はバーデンバーデンという温泉町でヒトラーの街頭演説を見たことがありますが、あの演説のうまさは催眠の原理そのものでした。まず論理より感情に訴え、次にひとつの思想を植えこむ。つまり、驚かしてハッとなったところで暗示の世界に投げこむ『瞬間催眠法』に似ています。

たとえば彼の論調は、ドイツ国民が世界でも最も優秀な民族であるというものですが、まず白人が黒人や有色人種より優れていることを主張する。そして、同じ白人でもラテン系よりアングロサクソンが優秀で、そのなかでもゲルマン民族が最も優れているという主張を繰り返す。偏見に満ちているのですが、そのことを繰り返し訴えられると、ついその気になってしまう。そこで『そんな民族である我々がベルサイユの不平等な条約を押しつけられて黙っていていいのか!』と扇動するわけです。

聴衆は水を打ったように静まり返り、視線はただ一筋にヒトラーに注がれていました。それは催眠をかける施術者と、催眠を受ける被術者との関係でした。そこに私は、集団催眠の好適例を見る思いがしました」

 


ヒトラーの熱のこもった演説風景

 

●このように、ヒトラーはマインド・コントロールの技術と恐怖を熟知していたわけだが、冒頭で紹介したヒトラーの「究極兵器」は、別の表現をすれば、「洗脳兵器」「マインド・コントロール兵器」、もしくは「人格改造兵器」と呼ぶことができよう。

 

次章からは、戦後のアメリカで行われた「マインド・コントロール」研究について詳しくみていきたい。

 

 


 

■■■第3章:「MKウルトラ」実験の実態


アメリカに入国したナチスの科学者たち


第二次世界大戦中、ナチスの科学者たちは、収容所の囚人をモルモットにした自白剤の「メスカリン」などの薬品投与実験を行っていた。

 


ナチスの医者によって残酷な「医学人体実験」が
行われていた「ダッハウ収容所」

 

●これらの研究結果は、当時のナチスが進めていたロケット・エンジンなどの研究資料とともに、戦後ドイツを占領したアメリカ軍に接取された。(「ペーパークリップ作戦」を通じてアメリカに入国したナチスの科学者たちによってアメリカにもたらされ、磨かれていった)。

 


戦後、「ペーパークリップ作戦」を通じてアメリカに入国したドイツ人科学者たち。
1946年から1955年までに数千人がアメリカに入国した。そのうちの
半分、あるいは80%が元ナチか元SSであったという。

 

戦後、連合国に差し押さえられたナチス・ドイツの軍事用化学剤のストックは、
そのほとんどが世界の海のどこかに投棄された。しかし、「神経ガス」については、
その保管物、製造工場、技術者たちを含めほとんどそのままソ連の手中に落ちた。

一方、アメリカとイギリスも、「神経ガス」の開発スタッフを捕虜としてとらえ、本国に
連れて行った。彼らナチスの科学者たちは、アメリカとイギリスの「神経ガス」の研究・
開発において重要な役割を果たすことになる。この結果、第二次大戦終了後の米・ソ冷戦
構造の中で、「化学兵器」の軍拡競争が猛烈な勢いでエスカレートしていったのである。


※ ナチスの毒ガス兵器「タブン」 「サリン」 「ソマン」は米・英・ソ連に広がり、
「German gas(ジャーマン・ガス)」の頭文字をとって「Gガス」と呼ばれ、
開発順にGA、GB、GDというコードネームがつけられた。

 


「MKウルトラ」実験のスタート


●戦後、ハーマン・P・シュワン博士をはじめとする元ナチスの科学者たちは、アメリカのメリーランド州のエッジランド兵器庫、メリーランド州フォードホラバードの陸軍諜報基地で、アメリカ人下士官を対象に実施された陸軍・CIA合同の「心理化学実験」に関わった。そして、これがCIAの有名な心理操作実験の始まりとなった。


この実験の暗号名は「MKウルトラ」で、予備プロジェクトは「アンティチョーク作戦」(1951年9月に開始)と呼ばれ、「MKウルトラ」実験は1953年に本格的にスタートした。

この計画は、リチャード・ヘルムズの勧めにしたがってCIA長官アレン・ダレスが許可を下したが、ヘルムズ自身が後にCIA長官になった。

 


恐怖のロボット人間製造計画「MKウルトラ」を
考案したリチャード・ヘルムズ(後にCIA長官)

※ 「MKウルトラ」はドイツ語の「Mind Kontrolle」
 (マインド・コントロール)から名付けられたとされる

 

幾つかのケースでは、7000人を超すアメリカ兵が、同意も得ずに「MKウルトラ」の実験にかけられた。

「タブン」 「サリン」 「ソマン」といったナチスの致死化学物質を含む神経ガス、それに「LSD」を含む精神化学薬品類が何も知らぬ志願兵にテストされ、これによって死亡した者や、生涯不具になった者までいる。

この実験の最初の犠牲者となったのは、自ら人体実験を志願したジョージ・ドナルド大佐で、彼は「LSD」を用いたマインド・コントロール実験の最中、死の欲望に駆られ、部屋でピストル自殺してしまったのである。


●同じく「LSD」実験の被験者となったクイーン軍曹は、「薬剤をわずか一滴投与されただけで、全身がトランス状態に陥り、誰かに殺されるような強迫観念にさいなまれ、精神分裂症状も再三発生した」と告白している。また、別の被験者、チャイフィン軍曹は、「押さえがたい自殺願望が起こって何度も銃を手にしたが、妻に制止されてことなきを得た」と証言している。

「MKウルトラ」は1960年代前半に終了したが、その後、「MKサーチ」と暗号名を変えて、1972年まで研究が続けられた。

 



7000人を超すアメリカ兵が、同意も得ずに「MKウルトラ」
実験にかけられた。「タブン」「サリン」といったナチスの致死化学物質を
含む神経ガス、それに「LSD」を含む精神化学薬品類が、何も知らぬ志願兵に
テストされ、これによって死亡した者や、生涯不具になった者までいる。

 


■■スッパ抜かれた「MKウルトラ」実験の実態


こうした、アメリカ国防総省(ペンタゴン)とCIAによるマインド・コントロールの研究は、『ニューヨーク・タイムズ』(1977年8月2日付)にスッパ抜かれるまで、関係者を除いて誰も知らず、極秘のうちに行われてきたのである。

同紙は、洗脳の研究機関として「ゲシクター医学研究基金」、「人間生態学研究協会」、「ジョージア・メーシー・ジュニア基金」、「マギル大学精神医学研究所」をあげている。そして過去25年間に2400万ドルもの巨額の資金が投入され、

数万人もの囚人や精神病院の患者がモルモットにされたと報道している。

 


アメリカのCIA(中央情報局)本部

 

●こうした人体実験はアメリカだけではなく、もう一方の大国だった旧ソ連でも熾烈に行われてきており、その成果はアメリカ以上といわれている。

当時のアメリカでまとめられた報告書によれば、「共産勢力による洗脳は人類に対する重大な危機である。もし我々が、ソ連政治局のメンバーを洗脳することができれば、ソ連は我々の敵ではなくなる」としている。


1994年1月16日、『USニューズ&ワールド・レポート』誌は、

「冷戦時代にCIAが中心となって、麻薬や催眠術を用いた人体実験──洗脳実験を行っていたことは、紛れもない事実である」と報じた。大学や監獄、精神病院で、CIAは被験者に麻薬を与えて薬がどのような影響を及ぼすかを観察、電気ショックと睡眠薬を交互に与えるなどの人体実験を行ったという。

そして同誌は、クリントン政権は冷戦の遺物である「MKウルトラ」の被害者については、歴代政権同様、無視する方針を変えていないと指摘した。

 



↑『USニューズ&ワールド・レポート』誌の 
ショッキングな記事の内容は、日本の
新聞(読売新聞)でも報道された

 

●「MKウルトラ」実験に関与した、元海軍士官は次のように語っている。

「ペイン(苦痛)、ドラッグ(薬品)、ヒプノシス(催眠術)は恐るべき『戦争兵器』であり、社会を支配する目的では原爆よりも効果的であろう。これは誇張ではない。

スパイ活動におけるこの種の催眠術利用は非常に広範囲に行われており、人々がこれについて警戒する必要があると気付く時期はとうの昔に過ぎている」

 

 


 

■■■第4章:オウムの狂気的な洗脳テクニック 〜人格改造された“ロボット人間”たち〜


■■ペルシアの秘密結社「アサシン」


●戦後、アメリカで起きた様々な暗殺事件──ケネディ暗殺事件やジョン・レノン暗殺事件など──や、スパイ事件の背後には、CIAによるマインド・コントロール技術が流用されていたと指摘する研究家は少なくない。

 

 
(左)1980年12月8日にジョン・レノンを射殺したマーク・チャップマン。
(右)1968年6月5日にロバート・ケネディを射殺したサーハン・サーハン。
彼はこの逮捕に際して、まるで夢遊病者のような行動をとり、
彼自身は犯行の記憶を持っていなかった。

 

●これらの事件の背後に「陰謀」があったのかどうか、ここで詳しく論じるつもりはないが、マインド・コントロールを受けた暗殺者、すなわち命令1つで殺人を犯す“ロボット人間”を使うという考え方の起源は、はるか昔にさかのぼり、珍しいことではない。

早くも13世紀には、「アサシン」として知られるペルシアの秘密結社が、普通の若者を暗殺者に仕立て上げる技術を完成させていた。この派では、何も知らないヒットマンの心を支配するために麻薬(ハッシシ)を使っていたのだ。

「暗殺者」を英語で「アサシン」というが、この秘密結社の名前が語源となっている。

「アサシン」軍団は、主に政治指導者を標的とした暴力を行使して混乱を巻き起こした。そのことによって彼らの一派は中東のかなりの部分を支配することができ、信じられないような富を手中に収めたと言われている。

 


ペルシアの秘密結社「アサシン」の指導者は、麻薬を使って
普通の若者を暗殺者に仕立て上げる技術を完成させていた。

※ 念のために書いておくが、「アサシン」の実態については
諸説あり、半ば伝説化しているとも言われている。

 


■■「オウム教団」のヒットマンたち ─ 「アサシン」の亡霊


サリン事件を実行した「オウム教団」のヒットマンたちは、20世紀に甦った秘密結社「アサシン」の亡霊そのものといえる。

何も知らない普通の若者たちが、麻薬(LSD)などを使って洗脳され、暗殺者に仕立て上げられたのである。

麻原彰晃は、催眠や洗脳技術に非常に強い関心を持ち、

サティアンの自室に催眠本をたくさん集めていた。

 


逮捕された直後の麻原彰晃

 

●「オウム教団」付属医院の医師であった林郁夫は、自著『オウムと私』の中で、

信者の記憶を消す方法を考えろという麻原の命令から、カナダの精神科医ユーイン・キャメロンについて記した『拷問と医者』(朝日新聞社)という本を参考にし、信者に電気ショックを与えたと記している。

 


「オウム教団」付属医院の
医師であった林郁夫


 
(左)精神科医ユーイン・キャメロン (右)カナダにある彼の研究所

 

●この件に関して、オウム問題に詳しい脳機能学者である苫米地英人氏は、次のように述べている。

「オウムで行われていた医療的洗脳行為は、『拷問と医者』に書かれた内容より、遥かに詳細なレベルで再現されていた。また、CIAの洗脳手法とオウムの洗脳手法には類似点が多い。

林郁夫は夫婦でデトロイトに出張していたそうだが、洗脳テクニックについての関連本を入手するためだったのかもしれない。アメリカのエージェントか、逆にそれを研究した共産主義圏の人間かは不明だが、そういったプロから林郁夫が直接情報を仕入れていた可能性は、否定できない」

「いずれにせよ、オウムにおける洗脳テクニックは、たんに麻原彰晃が信者をコントロールする方法として利用していただけでなく、麻原自身が『LSD』によって人格崩壊したことを考え合わせても、オウムのサティアンが1つの洗脳実験室であったような、オウム全体が、ユーイン・キャメロンの運営していた精神病院であり、信者一人一人が実験台にされた患者であったような印象も受ける。

それほどキャメロンの実験と、オウムの洗脳テクニックは、類似点が多い」

 

  
オウム問題に詳しい脳機能学者である苫米地英人(とまべち ひでと)氏

彼は「オウム事件」後に、公安の依頼により複数の
オウム信者の「脱洗脳」を手伝ったとして一躍注目を浴びた

 


■■オウム内部で行われていた最先端の非倫理的な「洗脳」


●この苫米地氏によると、オウム信者がかぶっていた電極付きのヘッドギア「PSI」は、「根絶治療」と呼ばれるテクニックの変形であるという。

彼は次のように述べている。

『根絶治療』は、イタリアの精神科医ルシオ・ビニによって開発されたもので、彼は、食肉処理されるブタが頭部に電気ショックを与えられて従順になる様子を見て、それを患者に実験し、同様の効果があることを発見したのである。

『PSI』も、一定の電流を頭部に流すことで、信者を従順にする効果を狙っていたと考えられる」

ユーイン・キャメロンは様々な洗脳手法の情報を収集し、患者を実験台にしてそれらを1つの体系にまとめあげたが、それをそのまま日本人に対して実践したのが、オウム教団の医師たちだった。

被験者数は3000人以上、おそらくキャメロンを遥かに凌ぐ数字であろう」

 

 
オウム信者がかぶっていた電極付きのヘッドギア「PSI」

オウム教団の説明によると、「ヘッドギアには電極が付いており、
麻原教祖の脳波を再現した数ボルトの電流を流すことで、麻原教祖の
脳波と自分の脳波を同調させるもの」といううたい文句であった。しかし、
実際は全く効能のないもので、これを着用した信者は一目でオウム信者
とわかる姿であり、教団の「カルト性」を端的に示す象徴にもなった。

※ この「PSI」をレンタルで利用する場合は月額10万円、購入の
 場合は100万円という多額の「お布施」が必要であったという。

 

●さらに苫米地氏は、次のように述べている。

「私が気になるのは、オウムの内部で精神医学や薬物を使った最先端の非倫理的な洗脳が行われていたという事実が、いつのまにか社会の中で、忘れられてしまっていることである。

最近の報道も、ごく普通の宗教的な『マインド・コントロール』と呼ばれるような行為を行っていたにすぎない団体のようにオウムを表現しているし、法廷でもそんなレベルの組織として捉えられ、話が進められているのではないかと感じる。

それは間違いである。どんなカルトよりも、もっと具体的で危険な洗脳が行われていたという事実を、少しでも多くの人が再認識してほしい」


さらに危惧すべき点は、オウムの狂気的な洗脳テクニックが、過去カナダの病院でユーイン・キャメロンが行った洗脳実験に似ているという事実に、ほとんど誰も気付いていないことである。

これは歴史的事実として、多くの日本人に知って欲しい事柄である。こうした技術についての知識は、現在の日本では、ごく一部のカルトや有識者の間だけでしか知られていない。日本社会がこういった知識を得る機会がなかったというのは、ゆゆしき事態なのではないだろうか」


「オウムは、いわゆる通常のカルトとは全く違った組織である。過去に、信者の頭に高圧電流を流したカルトがあっただろうか? 世界中見渡しても、他に類例はない。アメリカで開発された洗脳テクニックを、彼らは忠実に再現したテロ集団なのだ」

「現在、心理学や脳機能科学は、飛躍的に進歩している。新しいカルトが、薬物や電極を使うことなく、オウム並みに人を洗脳し始めるとも限らない。さらに巧妙な洗脳方法が、免疫のない私たちを待ち受けているのかもしれない……」

 

■■ユーイン・キャメロンを告発したアメリカの精神科医


●1990年、自分の父親が「洗脳」の人体実験の犠牲者になったとして、ユーイン・キャメロンを告発する本を書いたアメリカの精神科医ハービー・ワインスタイン博士(ユダヤ人)。

彼はこの本の中で次のように述べている。

 

 
(左)精神科医のハービー・ワインスタイン博士。
(右)彼が書いた本。この本の中でキャメロンやCIAによる
「MKウルトラ」の洗脳実験の実態を暴いている。

 

「1945年までには、ユーイン・キャメロンの名は国の内外に知れ渡っていた。

というのも、この年、ナチス戦犯ルドルフ・ヘスの精神鑑定のため、アメリカから3人の精神医学者がニュルンベルクへ招かれ、その一人がキャメロンだったからだ。

彼らは、ルドルフ・ヘスは『精神障害ではない』と結論した。その結果、ヘスは終身刑を言い渡されることになる。」

 


ヒトラーの片腕といわれた
ナチスの副総統ルドルフ・ヘス

1941年5月、突然、単独で
イギリスへ乗り込み、世界を驚かせた。

ヘスはその後、ずっとイギリスの
刑務所で過ごしたが、1987年8月に死亡。
彼の「奇行」の真相は、イギリス政府が隠蔽して
しまい、いまだに彼の「奇行」の真相は
謎に包まれたままである。

 

●さらにワインスタイン博士は次のように述べている。

「戦後のCIAの『MKウルトラ』計画には、著名な精神医学者が何人か関与していて、その一人がユーイン・キャメロンだった。

このプロジェクトを通してCIAの援助を得たキャメロンは、倫理的、道義的な問題に悩まされることなく、人格への攻撃を展開していく。治療の名目で、何の罪もない患者が洗脳研究の犠牲にさせられたのだ。」


「キャメロンの元助手のレナード・ルビンスタインは、インタビューでこう語っている。『彼らは、朝鮮戦争に出征していた兵士に施された洗脳を研究していた。我々はこうした技術のいくつかを使い、薬物を使わずに患者を洗脳した』と。」


「1977年8月2日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙の一面で、『MKウルトラ』計画が暴露されると、翌日、CIA長官スタンフィールド・ターナー提督は、政府の合同聴聞会に呼び出されて証言した。このときターナーは、情報公開法に基づく請求に応じて、マインド・コントロールに関する膨大な文書の内容を初めて明らかにした。

報告された数字は驚くべきものだった。

80の施設に属する185名の民間の研究者がプロジェクトに加わり、44の単科または総合大学、15の研究基金、12の病院または診療所、3つの刑務所がこの研究の実施場所となった。

プロジェクトは多岐にわたったが、目指すものは同じだった。記憶と人間行動に影響を与え、それらをコントロールすることだ。こうした実験は人間を対象に行われ、有志の被験者もいたが、そうでない者もたくさんいた。

 

 


 

■■■第5章:恐怖の「人格改造兵器」=「洗脳兵器」


■■電磁波を使った脳生理学医学研究


●エール大学の脳生理学研究者であるホセ・デルガド博士は、1960年代に、動物の脳に電極を埋め込み、無線を使った脳のコントロール実験に成功した。そしてその後、装置は小型化され、動物の脳を制御する様々な信号パターンの研究が進められた。

彼が1968年に開発した装置は「スティモシーバー」と名付けられた。

 


エール大学のホセ・デルガド博士


 
実験のために、脳に電極を埋め込まれたサルとネコ


無線で電気刺激を受けるサル。刺激の強さは
コントロール装置により遠隔操作が可能だという。


 
(左)ホセ・デルガド博士が開発した超小型の「スティモシーバー」。
脳にインプラントし、それに電磁波を照射することで、本人の
意思に関係なく、その行動を左右できるようになるという。

 

●ホセ・デルガド博士は、人間の患者を使って「スティモシーバー」の実験を行っていた。この装置で脳を刺激された患者は、快楽や怒りや恐怖など、様々な感情が引き起こされた。実験の対象となった患者の一人は、「自分がどうなったのか分かりません。自分が、何か、野獣のようになったように感じます」と、刺激の効果を表現している。

ホセ・デルガド博士は、この装置が、いつの日か、全ての人間に取り付けられて社会統制に使用されることを熱望していたという。

 


遠隔操作による脳刺激の実験風景(1969年)

 

●1973年には、ジョゼフ・シャープ博士が、パルス状マイクロウェーブ・オーディオグラム(言葉のアナログ音振動)を照射し、言語トランスミットの実験を行った。

音の振動数をパルス状マイクロウェーブにし、サブジェクトの聴覚器官の聴神経に伝達する、あるいは脳の感覚を司る部分に受信させ、脳に音として翻訳させるという手段で、「ボイス・トランスミッション」が可能となった。

 


ジョゼフ・シャープ博士は、脳に電磁波を照射
して、言語トランスミットの実験を行った

 

●前出のホセ・デルガド博士によると、地球の電磁場の50分の1程度の微弱な低周波であっても、脳の活動に甚大な影響を与えるという。遠距離から電磁波を照射することによって、睡眠状態から興奮状態まで人工的に作り出せるという。

彼の「磁界と生体」に関する論文は、1980年代に世界的に大きな驚きを与えることになる。

神経外科医ロバート・ヒース博士は、脳に対する電気的な刺激が、恐怖や快楽といった感情だけでなく、幻覚も作り出せることを発見したが、こうした技術を使えば、文字どおり人間の意思を操れるようになるという。

 

 
神経外科医ロバート・ヒース博士は、脳に対する
電気的な刺激が、恐怖や快楽といった感情だけ
でなく、
幻覚も作り出せることを発見した

 


■■旧ソ連での研究 ─ 「サイコトロニクス」と「サイ兵器」


●ところで、各種の電磁波の有害な副作用や奇妙な作用は、いち早く旧ソ連でも知られていた。

『リゾナンス』誌編集長のジュディ・ウォールは、1970年代に書いた論文『軍事利用されるマインド・コントロール兵器』の中で、旧ソ連のマインド操作テクノロジーを「サイコトロニクス」と言い表している。彼によれば、KGBは兵士を「人間兵器」に変える、高周波ラジオウェーブと催眠を併用したシステムを開発していたという。

 

 

●また、1991年にジャネット・モリス博士は、モスクワ医学アカデミーのサイココレクション部門を見学した際、旧ソ連では、人に暗示を与えるため、「ホワイト・ノイズ(耳には聞こえないが、脳が理解する波長)」をインフラサウンドやVLF周波に乗せ、ターゲットに送る潜在意識操作や骨伝道でボイスを起こす方法が開発されていたと報告している。


1992年2月、ロシア軍のチェルニシェフ少佐は、軍事雑誌『オリエンティアー』の記事の中で、旧ソ連ではサイコトロニクス研究が進むにつれ、「サイ兵器」という分野が生まれ、1990年代には「サイコトロニクス戦争」というコンセプトが生まれたと証言している。

 



旧ソ連では、サイコトロニクス研究が進むにつれ、
「サイ兵器」という分野が生まれ、1990年代には
「サイコトロニクス戦争」というコンセプトが生まれたという

 


■■実用段階に入った「非殺傷兵器(ノン・リーサル・ウェポン)」


●1993年1月4日、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は、電磁波を利用した「非殺傷兵器(ノン・リーサル・ウェポン)」に関する記事を掲載した。

次いで『国際防衛レビュー』誌4月号も同様の特集を組み、敵の士気を低下させたり、兵器を無力化するマイクロ波やパルスを用いた兵器の存在を示唆した。

アメリカ空軍の資料には、次のような説明が書かれていたという。

「用途として、テロリストグループへの対抗手段、大衆のコントロール、軍事施設のセキュリティ管理、戦術的な対人技術への応用などが考えられる。これらすべてのケースにおいて、電磁気システムは、症状の軽いものから重いものを含め、生理学的身体の破壊、知覚の歪曲、あるいは方向感覚の喪失を引き起こすことができる。これにより、人間が戦闘能力を失うレベルにまで、身体機能が破壊される」



●また、アメリカの「ロス・アラモス国立研究所」で、20種類以上の非殺傷兵器の開発に携わっていたという経歴を持つ元陸軍大佐のジョン・アレキサンダーは、1996年、「極超長波ビーム発生装置」が既に実用段階であることを認めた上で、次のように語っている。

16ヘルツ内外の極超長波は内臓の働きに作用して、人に不快な気分を与える。

こうした使用法はすぐに実現するだろう。それを利用して暴動を阻止するなど、群衆の管理、つまり、大衆のマインド・コントロールのために用いることについても、可能性は否定できない」

 


ジョン・アレキサンダー元陸軍大佐

「ロス・アラモス国立研究所」で
20種類以上の非殺傷兵器の
開発に携わっていたという

 

●また彼は、『ミリタリー・レビュー』誌(1980年12月号)において、次のように明言していた。

人間の精神に働きかけるこの種の兵器は既に存在しており、その能力も検証済みである」

 

 


■■高周波活性オーロラ調査プログラム=「HAARP」の謎


●1995年にアラスカ在住の科学者であるニコラス・ベギーチ博士は、「高周波活性オーロラ調査プログラム」、略語で「HAARP」として知られているプロジェクトについての情報を出版した。

「HAARP」は一般に、電磁波を地球の電離層に照射するプロジェクトとして知られているが、ニコラス・ベギーチ博士は「HAARP」に関する435-MHz信号波をピックアップして聞き、マインド・コントロール機能が使われていると指摘している。

 

 
(左)アラスカにある「HAARP」の実験施設
(右)「HAARP」の責任者、ジョン・ヘクシャー

 


■■敵を無力化して支配する「マインド・コントロール兵器」


●さて、これらの情報を総合すると、最新のマインド・コントロール技術は、初期の「薬品」や「催眠」を使ったタイプから、ヒトラーが語ったような「特殊な電磁波」を使ったタイプへと進化しているようだ。もちろん、実際には、どこまで研究が進められているかは分からない。

また、こういった話は、尾ひれがついて、荒唐無稽なSF話に発展しがちなので注意しないといけないだろう。

 

 

●いずれにせよ、こういった兵器=「マインド・コントロール兵器」は、敵を殲滅するためのものではなく、敵を無力化するためのものであるから、非常にやっかいな兵器だといえる。使われる場所が戦場に限定されないし、日常生活の中で使用されたとしても、誰も気付くことができない。ターゲットも個人ではなく、群衆、大衆全体に向けられる恐れもある。

どこぞのカルト国家(例えば北○鮮)がこの兵器を持てば、憎たらしい近隣国をひそかに攻撃し続け、そこの国民を白痴化させて手なずけることも可能である。

相手を無力化して支配する──まさにヒトラーが予見した魔の「究極兵器」「洗脳兵器」そのものだといえよう。



●ところで、「こんな怪しげな兵器をわざわざ作らなくても、我々の社会には『洗脳マシン』が既に浸透(普及)しているではないか。それは『テレビ』である」という意見がある。

「テレビ」こそ現代社会において、大衆たちを支配する最大の道具になっている、というわけだ。

なるほど。確かに、敵国を支配したければ、その国のマスメディアを操作(利権支配)して、朝から晩まで低俗番組をタレ流し続けていれば、その国の国民の精神は次第に去勢(骨抜きに)され、戦う意欲すらなくなるであろう。

(しかし、インターネットの発達によって、21世紀は「テレビ」のあり方が大きく変わっていくと思われる。メディア技術が「悪用」されることなく、良い方向に発展していくことを祈りたい m(_ _)m )。

 


戦後の人間社会に大きな影響を
与えてきた「テレビ」という名の箱型機械

「テレビ」こそ大衆支配に非常に
 有効な「洗脳マシン」である、
 という意見が存在する

 

─ 完 ─

 


 

■■■おまけ情報: ロシア・北朝鮮にまで及ぶ「闇のコネクション」


最先端テクノロジーを応用した「マインド・コントロール」の全容に興味のある方は、『マインド・コントロールの拡張』浜田至宇著(第三書館)を読まれるとよいだろう。

この本では、催眠、インプラント(頭部への埋め込み装置)、電磁波を用いたマインド・コントロール技術とその犠牲者たちを、豊富な資料をもとに紹介している。

 


『マインド・コントロールの拡張』
浜田至宇著(第三書館)

 

●また、「オウム教団」の闇については、『オウム帝国の正体』(新潮社)が詳しい。

なぜ警察は、真相究明を諦めねばならなかったのか?

国松長官狙撃、村井刺殺、坂本弁護士事件など、未解決・未解明の謎を追いながら、政財界をはじめとする日本の暗部から、ロシア・北朝鮮にまで及ぶ「闇のコネクション」について言及されている。

 


『オウム帝国の正体』
一橋文哉著(新潮社)

 


 

 

 


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